背後からページのめくる音。紙のこする音。ため息とたまに漏れる声。
僕はひとりが嫌になったときにここに来た。それは寂しいからだと、大分前に気がついた。
彼らが帰って来ないことに、何となく気がついていたのかもしれない。
離れる理由がほしかっただけかもしれない。僕は座った。
灰色の天井を眺めながら彼が読み終えるのを待っていた。
次に目を開ければ、灰色が目に飛び込んできた。
あれから天井を眺め続けていたのは覚えている。
そこから記憶が途切れている。どうやら、眠ってしまったらしい。
「おはようございます。学者殿」
「……あれ?」
はなが隣に座っていた。
「私が全部読み終えた頃には、眠っていたんです。起こすのも悪いかと思って……」
全く記憶にない。いや、眠っていたのだから覚えていないのは当然だ。
「叩き起こせばよかったのに」
「叩いても起きなかったんですよ……貴方」
そこまでよく眠っていたのか。外で寝た時にシロにも心配をかけていたのを思い出した。
警戒心のなさに呆れてしまう。というか、僕なんか放っておいて先に行ってしまえばよかったのに。
起きるまで付き合っていたのだろうか。この人は。優しいを通り越して、もはや馬鹿なのではないかと思う。
「……どうでした? 彼らの記録は」
「充実した生活が送れていたようで何よりです」
「これで、彼らの思いも報われたというものでしょう。よかったよかった」
とりあえず、見せられるものは見せた。
地上から這い上がってくると、二人が穴の前で待っていた。
「こんなところにいたんだね。おかえりなさい」とシロは出迎えてくれた。
問題はつゆだ。地下から出てきてから、二人の間に言葉がない。
つゆが睨んでいるのをはなが肩をすくめて、見つめ返している。
「黙っててもしょうがないな」とつゆ。
「確かに」とはな。
しばらくして、互いにため息をついた。
「一応、念のために聞く。変なことはしてないんだよな?」
「してない。何を疑っているんだ。全く」
「本当かよ……先生、大丈夫か? 平気か? この人に嫌なことされなかったか?」
「いや、大丈夫だけど」
「なら、いいんだけどさ。何か気に入らないことがあったら蹴っていいから。無理なら、俺が代わりに殴る」
「それは君が殴りたいだけじゃないか……とにかく、私は何もしていないよ。
この下にある囚人たちの日誌を読ませてもらっていたんだ。学者殿にぜひ読んでほしいと言われてな。
それで気が付いたら、お互いに寝落ちして今に至る。
私は日誌を読んでいたし、学者殿もたまに話を振ってくるだけだったから。
それにあの時はお互いに背を向けていたし……」
「分かった分かった。あんたが何もしていないのはよく分かったから……」
とりあえず、納得したらしい。
「ならいいんだけど」とはなは再度、ため息をついた。