依り代がたどる道 第14歩目


 

 傘に雨が当たり、粒が地面へ流れていく。全ての雨粒が地面に落ちて、ところどころに水たまりを作っている。

空は灰色に染まっている。数年前のその日、珍しく朝から雨が降っていた。

この島では滅多にない天気だ。物珍しさからか、全員地下から出てきている。特に何かあるわけでもないのに。

「ここでも雨が降るんだね! ね!」

「やべえ! いつぶりだ? 何か楽しいな!」

中には水たまりを飛び跳ねたり、雨粒を全身に受けたり、犬のように走り回っている者もいる。

黄色い声をあげて、はしゃいでいる。海で泳ぐときよりも楽しそうだ。

「風邪引くんじゃねえぞ。お前ら」と注意されても、まるで聞く耳を持たない。

「何だか懐かしいね」と僕。

「そういえば、向こうはそろそろ雨期に入るんじゃないか?」と誰かが言う。

「もうそんな季節かい? じゃあ、雨雲が流れてきたのかもしれないね」

「かもしれませんね」

暗くなるころには足元をぐっしょり濡らして、収容所の床に点々と跡を作っていた。

だがその日以来、この島に雨が降ることはなかった。

 さらに時は進んで、あの人と話している場面に飛ぶ。

あの人は机の前に座り、手元にある書類に目を落としている。

帝国から新たに送られる予定となった犯罪者に関するものだ。

彼のところに送られる予定だったが、空き部屋がなかったらしい。

「急いで作るからちょっと待ってて」とのこと。

そんなわけで、しばらくの間僕のところで預かることになったのだ。

僕のところにいる彼らに危険が及ぶ可能性があるとのことで、監禁状態にある。

必要最低限の物しか与えず、僕以外の人間と話すことを禁じられている。

そう簡単に身動きは取れないにしてある。脱走など、そう簡単にはさせない。

「どうだい? 彼の様子は」

「現在、収容所最深部の部屋に閉じ込めています。金具を手足にはめて、大人しくしていますよ」

「そう。じゃあ、明日にでも引き渡してもらおうかな」

 面倒なことのはずなのに、この人は表情一つ変えない。楽しんでいるようにすら見える。

そいつは看守としての僕の姿を見た時には、何やかんやとうるさく喚いていた。

今更何を言うのだろうと思った。僕はただ冷めた目でじっと見降ろしていた。

「悪かったね。こんな厄介ごと押し付けちゃって」

「いえ、別にかまいませんよ。お互い様です。

ただおとなしくしていますが、外に出す際には気をつけてくださいね。相当、溜まっているはずですから」

「了解。他には?」

「特に何も」

「そういえば、聞いたかい? ここの人間を向こうに連れて行くって話」

「ええ。そこまでして、続ける意味もないと思いますがね……どうせ連れて行きたくないって言っても」

「連れて行かれるんだろうねえ……嫌な話だ」

彼は僕の言葉の続きを言う。

「彼らを守る権利は」

「僕にだってある、とでも言いたいんですか? あなたが言うと白々しいからやめてほしいものだ」

僕は彼の言葉の続きを言って、ため息をつく。

「僕は囚人たちと一緒に戻るつもりだけど、どうする?」

「そうですねえ……確かにこんなところにいてもしょうがありませんし」

「まあ、答えは別に今じゃなくてもいいから。次、会う時にでも聞かせてよ」

その時の会話はそれで終わった。次の日には例の彼は連れて行かれた。

僕にとっては正直どうでもいい話だ。僕には関係ない。後はあの人に任せておけばいい。

誰が犠牲になろうが関係ない。火の粉が降りかからなければ、それでいい。

できれば、蚊帳の外を決め込みたかった。僕は関係ない。

ここにいる彼らも関係ない。そんな彼らについに召集がかかった。

 

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