依り代がたどる道 第15歩目


 

 静かに波が寄せては返す。まだ誰も目覚めていない。

空は明るくなり始めているが、太陽はまだ顔を出していない。

闇に染まっていた世界が光に照らされつつある。

丁寧に並べられた石畳をリズムよく鳴らしながら、僕たちは町から離れる。

港から大通りへ、建物と建物の間の細い道を僕たちは走る。

 この先に彼らの家があるらしい。

朝から第二収容所のある島を出て、船をゆっくりと進めてたどり着いたのは夜も遅くなってからだ。

あの二人だって疲れがたまっているはずなのに、先頭で走っている。

僕なんて追いつくので精いっぱいだ。しばらく走ったところで、前の二人が振り返った。

シロと僕の足はそこで止まる。

「どうしたの?」

「いや、誰も追っかけてこないみたいだから」

「まあ、こんな朝方に起きてるやつはここにはいないだろうからな。問題ないだろう」

「ていうか、本当にいいの? お邪魔しちゃって」

「かまわないよ。今更一人増えようが問題ない」

「なら、いいんだけど……」

僕はこれから向かう三人の家に泊まることになった。

僕の口から「泊まりたい」と言った覚えがない。

どうやら彼らの中で自然と決まっていたことらしい。

まあ、断る理由もないので、とりあえずその言葉に甘えることにした。

また二人が走り出したのを追いかける。  

 灰色の町を抜けて、緑の濃い森に入る。

茶色の地面を抜けて、小道をずっと進む。鉄柵が見え、その向こうに屋敷がある。

3階建ての赤い屋根がよく目立つ。周りが森なのもあってか、よく映えている。

あれが彼らの住む家らしい。ずいぶんと豪華な建物を用意してもらったようだ。

僕が呼ばれたのも、分かる気がする。三人では、有り余ってしまうからだろう。

「すごいね、こんなところに住んでるんだ」

周りを見渡しながらゆっくり歩く。ここだけどこか違う世界にあるようだ。

なるほど、この場所は厄介者を押し付けるのにぴったりだ。

最も押し付けられた本人は厄介者だと、考えてすらいないようだ。

「ただいま!」

大きな声で玄関の扉を開ける。

ちょうど、そこであくびを殺していたエプロンドレスの女性と目があった。

服装は整っているものの、眠そうな表情はまさに寝起きと言ったところだ。

「あら、お帰りなさい。思っている以上に早かったのね」

「そうかな? いろいろと手間取ってしまったんだが」

「せっかくの旅だったんですし、もう少しゆっくりされてもよかったのでは?」

皮肉っぽい笑顔で、彼女はそう言った。

「帰ってきてほしくなかったって?」

「そりゃあ、もう。静かな日々を満喫していましたからねえ。またうるさくなるんだから、大変だわ」

手のひらを上に向けて、肩をすくめる。

「とにかく、無事でよかったわ。一人で勝手に遠くへ出歩からないように」

「むう……言われなくても分かってるよ」

「なら、いいのだけれど。

さて、こんな場所にまで、ようこそいらっしゃいました」

「えっと……初めまして」

僕の全身をじろじろと眺める。しばらく観察したあと、納得したようにうなずいた。

「なるほど。貴方が噂の管理人ですか。この度は三人がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。

さぞかしうるさかったことでしょう? 特に後ろの二人が」

「誰のことだ」

「誰のことよ」

「あら。反応するということは自覚があるのですね?」と軽く笑う。

「そんなことはありませんよ。にぎやかで楽しかったですし。

彼らが来なかったら、こちらに戻ることもなかったでしょう」

「そうですか……申し遅れました。初めまして。私はすずと申します。

現在、こちらで仕えております。今後お見知りおきを」

「どうも。初めまして。第二収容所管理人です」

手を差し出すと、彼女は軽く握り返す。

「さて、長旅でお疲れでしょう。朝食なら、すぐにご用意できますが。

馬鹿みたいに手紙や連絡事項もございますが、どうされます?」

「いや、いいや……今は休ませてもらってもいいかな。連絡事項も後で聞く」

「分かりました。それでは、御用があれば呼んでください。

さて、お部屋をご案内します。ついてきてください」

三人と別れ、言われるままに彼女についていく。

 

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