薄暗い廊下を歩く。ぼんやりと窓から光が漏れている。
部屋での会話が頭の中で勝手に再生される。あの人の目はどこまでもまっすぐに、僕をとらえていた。
心の中に大木でも生えているみたいだ。うらやましいとさえ、思う。
部屋は暗い。明かりはつけない。ろうそくの小さな火がぼやけたように手元を照らしているだけだ。
島にいた時もこんな風にして作業を進めていた。何となくその時の気分を思い出した。
木箱を机の上にでんと置いて僕は椅子に座った。目の前のそれと向き合う。
「……」
あれから、何年経ったのだろうか。彼らが島を離れてから、大分経っている。
初めは日にちを数えていた。だが、面倒になり嫌になってからはやめた。
それでも板にバツを刻んでいた。今思えば、数えていなければ彼らがここからいなくなるような気がしたからだ。
ふたを開けてみる。中にはところどころ茶色くなっている紙の束が重なっている。
どうやら、本当に受け取っただけのようだ。手を付けたようには見えない。
読み終わったら、はなにも読んでもらおうか。そんなことを考えながら、紙をめくっていく。
かろうじて、このみみずがうねうねとうごめいているような汚い文字を目で追っていく。
監視の目から抜け出して、この紙と筆記用具を盗み出したことから、手紙は始まっている。
おそらく、この監視役ははなのことだろう。本当に気づかれなかったのか、あえて見逃してくれたのかは分からない。
しかし、向こうでも相変わらず馬鹿なことをしていたようだ。
こういう悪だくみをするときだけ団結するのは変わらなかったらしい。
『他の囚人どもと比べてずいぶんと前向きなのが気になった』
そう話していたのをこっそり聞いたらしい。恐らく、はなから言われたことなのだろう。
これに対して絶望とか悲しそうな顔していた方がお似合いだとでも言いたいのか、と続いている。
どこか不満そうに書いているのが分かる。監視役は自分たちのことを面白くなさそうな表情で見てくる。
だからといって、変に扱ってくることはない。それが不気味だったらしい。
つゆとの扱いに何となく似ている。おそらく、接し方が分からずに困っていたのだろう。
それ以外にも、自由に書いていた。帝国に戻ってからの生活、監視役のこと。
中にはこっそり脱走していた者もいたようだ。
結局、誰もが僕のもとに帰りたがっていた。あそこにいた誰もが生きては戻れないと感じていたはずだ。
それにも関わらず、誰もが希望を失わずに生きていた。
これを読んでいる頃にはもう会えない、とは思わなかったのだろうか。
いや、そもそもそういうことさえ思いつかなかったのだろう。帰ってくることを前提に彼らは書いている。
「何か会いたくなっちゃったなあ」
思い出すといつも楽しそうに笑っていた。生きていること自体が嬉しそうだった。
何があっても笑っていた。いつだって、前を向いていた。懐かしい。
昨日のことみたいだ。しかし、彼らはもうここにはいない。その事実が胸を締め付ける。
「本当、どこに行ったんだろうね」
暗い天井を仰ぐ。たった一人取り残された。僕はここにいる。
彼らは帰って来ない。今更、どうしようもない。帰ってくると言ったから、待っていた。それだけなのに。
これ以上、考えたらだめだ。こみあげてきたものを無理やり、押し戻す。
ろうそくの火を吹き消した。完全な暗闇に溶けた。手紙を箱に戻しもしないまま、僕はベッドにもぐる。
意識はぐるぐる回る。よみがえる記憶。せめて、夢の中で彼らに会えることを祈りながら。意識は闇に落ちる。