依り代がたどる道 18歩目


 

僕がしばらく黙っていると、話し始めた。表情は変わらないまま、真面目に話し始める。

「だってさあ、君は言わなかったでしょ。あの瓶を人に渡すなとか、絶対に使うなとか。

お好きにどうぞ、とは言っていたから。そのお好きなようにしてみただけし。

周りの連中は何をためらってんだか知らないけどさ、誰もやらないんだもん。ねえ?」

「誰もやらないならあなたが代わりにやればよかったのでは? 

別に誰かにやらせる必要なんてなかったでしょうに」

「いやいや、最後の最後まで頑張ってみないと」

頑張る点はどこにあるのだろうか。高みの見物をすることを頑張るというのか。

「結局、何もできなかったみたいだけど」

「何もできなかった、そうですね。まさにその通り」

「どうだった?」

感想を求められても正直、困る。まあ、状況を伝えるだけなら別にいいか。

「あの人、殺したくないって言っていたんですよ。

毒なんかなくても人は殺せますよって言ったら、返ってきた答えが殺したくない。

彼を殺せないってさ。そう言われたんです」

「……」

「どうやら毒に苦しめられていたのは彼の方だったみたいですよ。

案外、その毒で病んでやめていたかもしれませんね」

彼の口は開かない。心が開いているかどうかは、分からない。

「何が面白くてこんなことをやったのか、さっぱり理解できません。

あなた、何がしたかったんです?」

 恐らく、使う意思は最初からなかったのだろう。それではどうして持ってきたのだろうか。

この人が使うように強制でもしていたに違いない。それでも彼は答えない。反応すらしない。

「何を言っても、無駄みたいですね」

響きもしないし、届きもしない。僕の言葉は彼の心をかすっていくばかりだ。

「てっきり、はなみたいな人間は嫌いだとばかり思ってたんだけど。意外と仲良くできちゃうもんなんだね」

話の流れが突然変わった。彼みたいな人間とは、どういう意味だろうか。

「ああいうお人好しっていうか、人を疑わないっていうか。

どんな嘘でも信じちゃう、みたいな」

「確かに根っからの善人ではありますが」

「いい奴過ぎて利用されやすい、っていうかさ。警戒心がまるでないんだよね」

「だからあなたみたいな人間に利用される、と?」

「ひどいなあ。確かに利用したのは事実だけど」

「で、なぜそれが嫌う理由になるのです」

「僕の勘。特に意味はないよ」

「そうですか」

「さて、他に聞きたいことは?」

「特にありませんよ」

 

「そう言うんだったら、別にいいや。また聞きたいことがあったら、気軽に連絡してね。

知っていることなら全部話すから」

「もう来ることはありませんよ」

「そう? これで顔を見るのが最後っていうんなら、ちょっとだけ付き合ってもらおうかな」

 彼はようやく、いすから立ち上がった。僕と背丈は大して変わらない。

視線も同じ高さになる。目も合わせたくない。

「話が終わったなら、帰ってもいいですか?」

「ええ? 君はもう会う気はないんだろうけどさぁ。

別に少しくらい、いいんじゃないの? たまにはこういうのも悪くはないと思うけど」

「存在からして悪いんですよ。あなたの場合は」

「趣味が悪いだけに、って?」

「いい加減にしてください」

「どうもありがとうございました」

「勝手に漫才にするな」

「はいはい。それじゃ、行こうか」

 楽しそうに扉を開け、意気揚々と部屋を出て行った。

何故、この人とこんな会話をしなければならないのだろうか。

どうして付き合わなければならないのだろうか。早いところ解放してほしい。

僕は心の中でぶつくさ言いながら、後ろからついて行った。

 

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