島にいるだけでは、何も分からなかった。
「ねえ、向こうの収容所ってどんなところなの? 私、話でしか聞いたことがなくって」
「期待するほどのものはありませんよ。彼の言うとおり、空と海と島しかありません。
それに収容所も地下にありますし。何しろ娯楽がありませんからね。
とてもじゃありませんが、生活なんてできませんよ」
「その割には引きこもってたのね?」
「ま、あの時は執着心の塊みたいなもんだったから。仕方がない」
本当に向こうで死ぬまでいるつもりだった。
その執着を絶ってくれたのが、島に来た三人だった。
「こうして戻って来れたんだから、よかったじゃない」
その後も雑談は続き、はなは結局現れなかった。
食事の片付けと開店の準備を手伝うことになった。本当に逃げるとは思わなかった。
どうしてくれようかと、皿を洗いつつ考える。
ある程度、片付けを始めているところで彼女は声を落として僕に言った。
他の二人も片づけを手伝っているのか、その場にはいない。
「あの二人のこと、よろしくお願いね」
「あの二人?」
「ああ、つゆとはなのことね。はながいないの、すっかり忘れてたわ」
「それはどういうことでしょう?」
「シロちゃんは大丈夫だからよ。何だかんだ言いつつ、見守ってくれる人は何人もいるもの」
あの二人やすずを初めとして、一応政府の人間からも面倒は見られている。
見たことはないが、友達もいることにはいるらしい。
良くも悪くも人には囲まれているようだ。しおんの言うとおり、問題は無いように思われる。
しかし、保護者と呼ぶべきあの二人をよろしくお願いされるのはどういうことなのだろうか。
「何か、見てて心配なのよ。分かるでしょ?」
分かるでしょ、と言われても僕には全く分からない。
「よろしくお願いされたところで、僕には何もできませんよ?
向こうでも、特別何かしたわけでもありませんし」
「そんなこと言っちゃって! つゆから聞いたわよ?
そんなに言うほど悪い人じゃなかったって。ずいぶんと気に入られているみたいじゃないの」
気に入られている、とは初めて聞いた。懐かれた、という感覚でいた。
気に入られているも、懐かれているも感覚としては大して変わりはない。
つゆを対等に見ているか、下に見ているかの違いだろう。
「私でも距離感感じることあるのに……うらやましいわ」
「はあ……」
うらやましいと言った人は初めて見た。しおんは周りにいる人々とは感覚が随分と違うらしい。
少なくとも、あの二人をいい人のように見ている。
「てっきり、私とはなくらいかと思ってたの。見ず知らずの大人に心を開いているのって」
はなに関しては心を開いているのは疑問ではある。
未だに距離感をつかめずに、困っている姿を知らないのだろうか。しおんは楽しそうに話を続ける。
「最初来たときとか、もうすごかったんだから。敵対心むき出しでね、すっごいにらんでるの。
ずっと無表情で、笑ったところなんか見たこともなかったし。今じゃ、信じられないでしょ?」
両目を手で引っ張り上げる。別に信じられないわけでもない。
初めて会ったときは鋭くにらまれた。話を踏み込みすぎた時は彼の眼から光が消えた。
その中に悲しみのようなものが見えた。彼にとっては、僕に心を開くきっかけではあったようだ。
「いつだったかな。一回、怒らせちゃったことがあってね。
一瞬黙って、目を閉じて、ゆっくりと開ける。開かれた彼の眼は嫌だ。
もうやめてって言ってた。それ以上は私も何も話さないで、静かに放っておいたんだけど。後で謝られちゃった」
どうやら、同じ眼は見たことがあるようだ。一種の癖になっているらしい。
山のようになった皿を布巾で拭いていく。
「あなたこそ、ずいぶんと気に入ってるんですね?」
「そう? 何か見ていられないっていうか、ほっとけないのよね。何か私と似てる気がしてさ」
しおんとつゆが似てる、ようには見えない。僕には真逆のように見える。
「彼にちょっかいをかけたくなっちゃうのも、そのせいなのかもって」
「はあ……」
何と言うか、僕の考え方とはまるで違う。
この前、あの人が言っていた擁護派とは彼女の様なことを言うのかもしれない。