木からランタンでもぶら下げていればまた違うのかもしれない。
「俺はこの道、あんまり好きじゃない」
彼はぽつりと言った。
「曲がり角の先が見えないから、何か怖い。それに、夜遅くだと本当に暗くなっちゃうから」
「怖いも何も、ただの一本道じゃない」
突然、シロが振り返った。器用に後ろ向きに歩く。
「オバケとか出てくるわけじゃないんだしさ。大丈夫じゃない?」
シロは不思議そうに首をかしげる。
「そういう問題じゃないんだけどな……何で笑ってんの」
つゆを見て、楽しそうににやついている。
「いや、怖い物とかあったんだな~って。初めて聞いたかも」
「うるさい」
確かに何があるか分からない。いつも通り、この先に館があると分かっていたとしても、だ。
また前を向いて歩きだしたシロを見て、「なあ、どう思う? さっきの話」と僕を見た。
「竜巻に乗って僕のところに来たって話かい?」
「信じられないけどな……アイツがそんなことできるとは思えない」
「けど、あの子が竜巻を起したところを見た人は何人かいる。完全否定はできないよ」
「やったアイツが覚えていないっていうがまた面倒な話だ」
「多分、神様がしたんだろうね」
一拍おいて、言葉を呑み込んでから僕の顔を見た。
「……一体何のために?」
「さあねえ、それは本人に聞かなきゃ」
「本人?」
「そりゃ、神様に決まっているだろ」
僕がそう言うと、つゆはため息をついた。
「わざわざ聞きに行くっていうの?」
「そこまでする必要はないと思うけどね。現に彼女はここにいるんだから。
それでも、この国が執着する理由が分からないのもあるけどね。
竜巻起こしたのも、彼女自身が好きでやったわけじゃないんだろ?
なら、自由に使えないと考えるべきだ。それに神様と連絡がとれる訳でもないみたいだし」
神とつながりがあると言うだけで連れてきたのだろうか。箱を開ければ、ただの女の子。
もちろん、ただ大人しくしているわけがない。
目の前で消えて見せたり、僕のところにやって来たり、予想外もいいところなのだろう。
だが、あの子を連れてきた目的がやはり見えない。
「何でこういうときに限っていないんだか……」
「まあ、後で話そう。そこらへんは」
本当にどうして、いないのだろうか。前々から予定があったことは分かっていた。
それを考えると、あえて無視した可能性がある。本当に逃げたのかもしれない。
今日のことに関しては、今度問いただすことにする。今はそれよりも、話すべきことがあるからだ。
屋敷に戻ると、はなは机の上で書類に書き留めていた。何食わぬ顔でまあ、よくも座っていられる。
「で、何で来なかったのさ」と、つゆ。
「しおんさん、待ってたんだよ?」と、シロ。
二人から言われ、作業の手を止めた。はなは顔を上げて、ほおづえをついた。
「どうにもいろいろと立て込んでてな……こっちにもさっき戻って来たばかりなんだ。
しおんさん、何か言ってた?」
「別に。ただ、あの人とんでもないもん見てたんだ」
「どういうことだ?」
シロがいなくなった瞬間をしおんが見ていたことや竜巻を起こして見せたことを、そっくりそのまま聞かせた。
はなは多少目を見開きながら、落ち着いて話を聞いていた。
「しおんさんは絶対間違いないって言ってるんだけど、アンタはどう思う?」
「確かに目の前で突風起こして消えた話は何度も上がってるからな……見ている人もいるだろう。
まさか行方不明になったその日の朝、見ているとはな。
だからと言って、あの人がそんなくだらない嘘をつくとも思えない。なあ、本当に何も覚えていないのか?」
「だからさー、家を出たのは覚えているの。
確かあの時はいつもより早く出て、ちょっと困らせてやろうって思っていたの。
けど、すぐに戻るつもりだったし……私だって学者さんのところに着くまでの間のことは全然。
竜巻なんて知らないし。気が付いたら、向こうにいたんだもん」
少なくとも、自分の意志で家を出て行ったのは間違いないらしい。