「君に理解できない言葉を話していたってことは、聞かれたくなかったんだろうね。
こんな子供を巻き込みたくなかったから……そんな理由であると願いたいけど。
ふうん……戦争が終わったから、落ち着きを取り戻しているかなって思っていたけど。中はまだゴタゴタしているんだ」
「あ、でもね。私のことを……周りの人たちは皆『依り代』って呼ぶんだ。
あの人たちだけだよ。『シロ』って呼ぶの」
「……?」
「『依り代』って何?」
「『依り代』……」
逆に聞かれても困る。僕は初めて聞く単語だ。そんな話は聞いたこともない。
戦争をしている間に流れていたか、終わった後に流れ出したのだろう。
彼らにとってはどんな意味を持つのだろうか。
「……きっと君の言う『あいつら』なら、知っているのかもね」
「……本当?」
「周りの連中が『依り代』と呼んでいることを知っていた上で、『シロ』と呼んでいたのならね。
聞いてみる価値はあると思う。大丈夫。君の体は傷つけさせない」
「……」
「確かに僕は無力だけど……君には髪の毛一本触れさせやしないさ」
「……私は学者さんを信じるよ」
「ありがとう」
明らかな嘘をついたのも久しぶりだった。僕は立ち上がった。
「大丈夫なんですか?」
「……こればっかりは自分でやらなきゃ」
心配する彼女をよそに、僕は牢獄までゆっくりと歩いた。はしごは踏みしめるように下った。
目的の部屋に入り、宝箱を開けた。部屋の主が帰ってくるまで、預かる約束だった。
それは果たされそうにもなかった。黒光りする拳銃。コイツは帰りをずっと待っているのだろうか。
僕は引き金を指に当て、両腕を伸ばして少し構えてみた。 特に意味はなかった。
ただ、あまりにも似合わないとよく笑われたのを思い出しただけだ。そのまま、銃を下した。
「少しの間、これを借りますね。貴方が大事にしていたのは分かっています。
でも、今だけは。何もない僕に力を貸して下さい。全てが終わったら、すぐに返します。お願いします」
僕は銃を抱えて、一礼した。そこに誰かがいるわけではない。
それでも、言わなければ許してくれそうにもなかった気がした。 僕は牢獄から出て、小屋に戻った。
「学者さん、それは?」
彼女が僕の手に握られた拳銃を見て言った。
「かつて、ここにいた奴が大事にしていたんだよ。
この島には地下に住居があってさ、帝国から流された後はそれの管理を任されていたんだ」
「この周辺には悪いことをした人を閉じ込める施設が2つあって、学者さんはそのひとつを管理を任されていると言ってた。
とんでもなく悪趣味な人とそれなりに優しい人が管理しているって。悪趣味な方じゃないんでしょ?
悪趣味だったら私を助けたりなんてしないもの」
彼女は確かめるように僕を見た。僕はその通り、とうなずいた。
なるほど、初対面で『悪趣味』と言ったのはそういうことだったらしい。
「……もうひとつの施設。ていうか、収容所ってレベルだね。アレは。
この島から船をずっと北にすすめた方にあるんだ」
僕はまっすぐ指をさした。シロもその先を見つめる。
少し離れたところに別の島が並んでいる。一番手前の島に隠れて見えない。
「あの人は……とんでもなく歪んでいてさ。人の醜悪な部分を見ていて、いつも笑っていたんだ。
あの人は、あそこにいた住民を生かすことよりも、殺すことしか考えていなかった。
どんな姿で殺し殺されるのか、死に様を見せるのか。それを遠くから見ている様な人」
「………ひどい」
「でも、あの人は少なくとも必要最低限のことはしていたんだ。
むやみやたらと、人を傷めつけたり、いじめたりはしなかった。
ちゃんと収容者に食事は与えていたしね。ただ無理難題で理不尽で、答えのない問題を最期に突きつけるような人だった」
「……」
「大丈夫だよ。あの人はもう僕に興味なんて示さない。
それに、今はあいつらについて考えなきゃ。いない奴のことを考えてもしょうがないよ」
「……」
僕は彼女の頭をなでた。もうひとつのほう、あの人が管理している方はまるで蟻の巣のように広がっている。
更にあの人好みに改造してあるらしい。かなり趣味の悪い処刑を行っていると聞いたことがある。
何をしているのか、話してはくれなかった。知りたくもないし、聞きたくもなかった。
当然、向こうの島を管理しているあの人のところからも罪人は連行された。
あの人は兵たちと一緒に着いていった。僕は残った。それ以来、ずっと会っていない。
彼女を見て、あの人はどう思うのだろうか。あの人は知っているのだろうか。
『依り代』である彼女が脱走したことを。あの人なら『依り代』について何か知っているかもしれない。
あまり会いたくはない。しかし、いつかは向き合わなければならない。
その後は、夕食をとって眠りについた。彼女をベッドで寝かせて、僕は床にごろ寝した。
地図に反応が出たら、対応すればいい。その時はシロを収容所の部屋に隠す。
それから、彼女が言う『あいつら』と対面することになるだろう。