僕のところにあったものは日記や彼らの旅路をまとめたものばかりだった。
こちらにある本を読めば、何か違ったものが見えてくるかもしれない。
『それから帝国に戻りたくなったら、いつでも戻っておいで。そのときには僕のところにおいでよ。
力になってあげる。じゃあね。またいつか会えるといいな♪』
手紙でもあの軽いノリは変わらなかった。今もきっと変わらずにいるのだろう。
「学者さん? どうしたの?」
「趣味の悪い管理人がね、どうやら、僕がここを見つけて、本を漁ることを前もって予測してたみたい」
「何それ……怖いんだけど」
「ま、あの人は人の行動を予測するところがあるからねえ」
それでも、『依り代』に関しては何も触れていなかった。このときはまだ、噂さえも流れていなかったはずだ。
今はどうか、分からない。
その後は、それぞれ本を探し始めた。シロは本棚の本をひとつひとつ、丁寧に見て言った。
僕は木箱を開け、本を取り出した。なるほど、確かにあの人には読めないはずだ。
それこそ僕のような暇人が手をつけない限り、永遠に解明されない代物だ。
「ねえ、学者さん」
「何?」
「どうして連れて行かなかったの? あの二人」
「何ていうのかな……あの人のことはできる限り、思い出させてあげたくなかったんだ。
何を見て、何を感じて、連想するかも分からないし」
「……趣味の悪い管理人が支配していたんだもんね」
「そう。向こうに戻ってもきっと、あの嫌らしい性格は変わってないと思うし。あの2人もきっと、苦手だと思う」
「人をいじめるような人がよく、なれたよね」
「まあ、他にやる人がいなかったから仕方なくやったらしいけど。思っていた以上に、ノリノリだったよ」
あの人とは違って、僕の持ってきていた本は普通に読めるようにしていた。
ただ、大事なものはそう簡単には見つからない場所にしまってある。
あの人に言わせれば隠しているのと同じことなのだろう。
だが、はなは僕に全てを見せてくれると約束してくれた。僕もそれに応えなきゃいけない。
時間を見つけて、こちらの記録を見てもらうつもりだ。これで少しは彼らの思いも報われるというものだろう。
「あのね、学者さん」
しばらく本を見ていると、シロが突然、そんな風に切り出した。
「何?」
「あの2人のところに行くって決まった時に、何も言われなかったって言ったでしょ。
アレ嘘なの。『依り代』に関しては本当に何も言ってなかったと思う……でもね」
「?」
「連れて行った人が『まだあの青いのを手放さないらしい』って言ってたんだ。
それがずっと忘れられなくて。私に言ったんじゃないのは分かっているんだけど……そのときの顔がすごく怖くて。
やっぱりみんな嫌いなんだなって思って」
「……」
「あのね、つゆはね、気にしてるんだ。『青いの』って言われるの」
一息で言い切った。
「……分かった。気をつける」
『青いの』か。彼女から話で聞いたことと初めて会ったときのことを思い出す。
二人は信頼関係にあるとばかり思っていたが、実際そうでもないらしい。
2人でずっとつるんでいるのは、きっと周りに嫌われているから。
武器を持っているのは、確かにいつ殺されてもおかしくない状況だから。
いっそ、誰かにつゆを殺せと命令されていてもおかしくない。
「……シロちゃんはさ、どう思っているの?」
「つゆのこと? そりゃあ、しょっちゅう追っかけてくるし、いつも口うるさいし。
たまに真っ赤になって帰ってくるから、その時はちょっと怖いかな。
でもね、剣を振ってるときはちょっとだけかっこいいと思う。いつも玄関で練習しているんだけどね。
あ、つゆには黙っててね。調子に乗るかもしれないから」
「はいはい。分かった」
「多分、はなも分かっているんじゃないかな。じゃなきゃ、あんなにべったりとくっついていないでしょ」
「それもそうだね」
少なくとも、ここには敵はいない。彼らを狙うものはない。
ただ、向こうに戻るときは、一緒に行ったほうがいいかもしれない。
僕がいたほうが心強いかもしれない。僕にもいつまでもここにいる意味はなくなった。
そんな風に探し続けていたら、夜になっていた。一日で戻るつもりでいたが、どうやら無理なようだ。
隠し部屋で眠った。朝になってからあの人から貰った本をできる限り船に乗せた。
本棚にあった本も適当に数冊選んでから、船に乗って帰った。恐らく、もう来ることはないのだろう。
そんなことを考えながら、舟をこいだ。