少なくとも、悪い人ではないから。噂でも、優しい人だと聞いていた。
それは会ってみれば分かった。同じ管理人なのに、まるで違っていた。同じ大人でも嫌な感じがしない。
噂がどこまで届いているかは分からない。例え聞いていたとしても、それを無視している気がする。
俺もようやく起き上がって、ベッドに入った。 何も知らないという事実が、頭の中にこびりついていた。
次の日を迎えてしばらくは本の内容をまとめる日々が続いた。
俺たちが収容所から探してきた本はアテにすらならないようだ。すみのほうに積み重ねられている。
用済みであるといわんばかりだ。先住民が書いた本の内容に関してはまだ何も言えない。
文字が読めても内容がいまいち理解できない。
だから、今は何を言っても無駄だろう。もう少し時間が経たないと無理だ。
そんな日々を続けていて、どうしても眠れない夜が来た。はなはそれを不眠症だと言っていた。
この島に来てからよく眠れていたのに。終わらない波の音を聞いていれば、自然と眠っていた。
だが、目が覚めてしまったものはしょうがない。
収容所から出ると、小屋の明かりが目に入った。その近くに見慣れた白衣が立っていた。
どうやらこの人はどんな時でも白衣を着ていなければ気が済まないらしい。
彼女は夜の海を眺めていた。海はどこまでも黒く、夜空と区別がつかない。
この先に世界があるのかどうか、疑わしくなる。いっそ、闇に溶けてなくなってほしいとさえ思う。
「こんばんは」
声をかけると俺のほうを振り返った。
「どうしたの? こんな夜中に」
「……なあ、ちょっといいか?」と先生の隣に立った。
「?」
「何かごめんな。この前、あんなふうに言っちゃって……」
「まあ、深入りした僕も悪かったし。答えを急ぎすぎちゃったかもね」
「……あのさ」
「何?」
「はなみたいにうまく説明できないとは思うけど……いいか?」
「いいよ」
波の音に負けないように声を出す。それだけを考えて、俺は語り始めた。
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