多分、昔を思い出しているのだろう。この島に来てからの遠い記憶。
「ここにいた彼らは僕が絶対に待ってくれていると思っていたみたいで……それで帰るに帰れなくなっちゃったんだ。
まあ、第二の家みたいなものだったから。誰もいないのもさみしいだろうと思って」
「……そいつらがここに帰ってくるって本気で思ってたんだな」
「そりゃ思ってたよ!」
言葉の調子が強くなった。今の、絶対に聞かれていないと思っていたのに。
「ずっと待っているつもりだったし、それこそ死ぬまでだ!
ていうか、そう思っていなきゃ、やってられなかったし……」
「……そうか」
「多分、彼らが死んだっていう実感がまだ湧いていないんだ。だから、涙も出ないし、驚きもしなかったんだ」
この人は叶わない夢を見ながら、ずっとこの島で待っていた。俺たちが来て、やっとさめた。
確かに言われてみると、連れ戻したくなる気持ちも分かる。
「彼らがいなくなった一年は本当に何もしていない。というか、手が付かなかったって感じ。
よく心に穴が空いたっていうけど、まさにあんな感じだ。その穴の中に僕はいたんだ。
でもこのままじゃさすがにまずいと思って、僕は何かすることはないかと、いろいろと探し始めた。
まずはこの島周辺に生えてる植物を片っ端から、全部調べ上げることから始めた。
特に目新しいものはなかったけど、割と楽しかったよ。久しぶりに土を触って、雨の日は泥まみれになってさ。
もう全身真っ黒だった。あの人の島に行ったときは本当に大変だったな。
何せ迷路みたいになっているからさ。帰れないって何度思ったことか……」。
自然と彼女の口から俺たちが来る前の思い出を話していた。遠く離れた彼らに話しているみたいだ。
案外、そこらへんで聞いていたりするのだろうか。
「しばらくそんな風に探し回って、ついに見つけたのがこの島にいた先住民の書記だ。
彼らがいた頃には知らなかったからさ。誰かから聞いていたわけでもないし。
何だこれって思った。でもやるしかないって同時に思った。
この島にあるやつ全部探して、小屋に持っていった。それを見つけたのが四、五年前くらい。
ずっとそれを研究していたんだ。それから、この島に流れ着いた新聞を見て、戦争が終わったのを知った。
まあ、結果は予想通りだった。それが二、三年前くらい」
「あの人から聞いたのが初めてじゃなかったのか」
「でも、彼らは生きていると思ってたよ。十年くらいしたら、必ず会いに来てくれるだろうって。
信じていたんだ。それで、その書記を文章に直せたのがつい半年くらい前だ。本当に長かった。
こんなのやったところで、誰が得するんだって思ったけど、結局は自分のためだったんだよ。
それで次のに手をつけようとしたところに、あの子が、シロが来たんだ」
「……」
「びっくりしたよ。何もない収容所で眠っていたんだから。
船もなしにどうやって来たのかとか、そもそも一体いつからあんなところにいたのか、とか。
もう何が起こっていたのかさっぱりだ。でも、悪い子じゃないって思ったよ」
「じゃあ、追っかけてきた俺らは悪者だな」
「実際にそう言ってたよ。ひどい奴らなんですって。でも、今思うと内容を盛ってたね。
どんな人たちが追っかけてくるのかいろいろと聞いていたんだけどさ。
たまに血に濡れて帰ってくるっていうだろ? 殺されるんじゃないかって。結構覚悟してたんだ」
「だから銃持ってたのか。けどアイツから聞いたんじゃ、ほとんど分からなかったろ」
「まあね」
「……怖がらせちゃってたかな? アイツのこと」
「どうだろう。確かにあまり見ていていいものではないけど。でも悪い人じゃないって言ってたよ。
それは僕も思っているわけなんだけど」
「そう、かな」
「少なくとも僕よりかは、ね。自分のやったことの重さも分かったなら、それでいいと思う」
「……」
「別に世界は敵ばかりいるわけじゃないんだ。君にだって味方くらい、いるでしょ?」
少なくとも僕はそのつもりだけどな、と彼女は続けた。
「敵か味方か分からない人は、今は信じられないから判断がつかないだけかもしれない。なんてね。
かなり的外れなことを言ったかも知れないな」
ごめんねと、彼女は笑った。敵か味方か分からない。だから、どうすればいいか分からな
い。そう簡単には信じられない。まさにあの人だ。
俺をどうしたいのか、聞けば答えてくれるのだろうか。確かに悪くはないかもしれない。
ここにいる間なら、大丈夫。例え嘘でも、仲良くはしたいから。
「……何か思っていた以上に、話せた気がするな。聞いてくれてありがとな」
「スッキリした?」
「大分ね……じゃあ、また明日な」
さっきの話で思い出した。伝言を頼まれていた。
「そうだ。医療班の人がよろしくってさ!」
それだけ言って、牢屋に戻った。