依り代がたどる道 第1歩目


 

 僕は小屋の中でひとり立っていた。窓を遮るようにして板が吊るされている。

それにはバツ印がきれいに並んでいた。改めてナイフを強く握り込み、木の板にバツ印を掘りこんでいく。

ここに流されてからずっと続けている習慣。もうこれで何枚目だろうか。

何回、同じ印をつけたのだろうか。足元には同じ印を付けた板を何枚も積み重っている。

 いつしか、数えるのも嫌になってしまった。数えたところで何も変わりはしない。

ため息をつく代わりに、僕はナイフをその場に投げ捨てた。

隣にある地図はこの周辺にある島の位置が描かれている。島に着たときに一緒に持ってきた。

 もし、船などが地図の範囲内に侵入してくれば白い点として表示される。

その地図には何も反応がない。やはり、誰も来るわけがない。

  ため息をつきつつ、小屋を出た。これもまた、ここに来てからの習慣だ。

空を見て、天気を確かめる。ただ、ここは滅多に天気が崩れない。

雨の日は年に一ヶ月程度しか降らない。その時はその時でずっと小屋の中ですごしている。

海は相変わらず穏やかで波一つない。空も透き通るような青さだ。雲ひとつない。

太陽もさんさんと輝いている。向こう側の世界の住人が見れば、うらやましいと言うのだろうか。

水平線の向こう側を僕は見つめる。

  帝国。この島からずっと南に船を進めると見えてくる大きな大陸。

かつて、その大陸を支配していた大国だ。今はどうなっているのか、さっぱりだ。

多くの船が行きかう港町。少し進んだ先に商店や住宅が並んでいる。

あの風景は今でも変わっていないのだろうか。貧しくても、毎日を楽しそうに人々が暮らしていた。

いつもにぎやかで、笑顔であふれていた。あそこには様々な人種が仕事を求めてやってきていた。

成功する人、失敗する人。いろんな意味で平等だった。

中心部には議事堂があり、この世界を治めている連中が集う。

もちろん、帝国の領土の先にも大陸がずっと続いている。

その先にもきっとまた、海が広がっていることだろう。似たような島も並んでいるのだろう。

世界はもっと広いことくらい分かっている。こんな何もない諸島でも一応は帝国の一部だ。

ただ特に見る物もないから、観光客も来ない。

あるとするなら、帝国で罪を犯した人間を閉じ込める牢獄があるくらいだ。

 この島と少し離れたもうひとつにある地下牢獄。

両方に共通することは出入り口はひとつで、周りは海に囲まれている為脱出は不可能であることだ。

ここに連れてこられた彼らは大陸の方で有罪と判決された罪人たち。

僕に回ってきた罪人は幸運にもいい人たちばかりだった。

何を隠そう、ほとんどは濡れ衣を着せられただけの善人ばかりだった。

 話を聞けば、ちょっとした間違いで連れてこられてきたらしい。ほんの小さなきっかけが彼らをここへ連れてきた。

それでも、彼らはいつかは自分たちの暮らしていた世界へ帰れると信じていた。

諦めずに、ゆっくりと前を向いて歩いていた。僕はそれを手伝っていた。

僕も彼らが元の世界へ返れると信じて、のんびりと楽しく暮らしていた。

 しかし、帝国は兵士を補充するために彼らを強制連行した。僕の意見なんて聞きもしなかった。

だから、僕はついていかなかった。それでも、彼らは帰ってくると言っていたからだ。

それが終わったと知ったのはつい、最近だ。

『帝国、ついにツェーリと同盟を結ぶ』という見出しがあった二年前の新聞。

砂浜に打ち上げられていたのを読んだだけだ。ツェーリ。帝国と戦っていた国。

確か、同じ大陸にあったはずだ。何のために戦っていたのか、思い出せない。

帝国が敗戦するのは何となく、予想がついていた。こんなへんぴな島まで人を借り出すくらいなのだ。

兵士もまともに揃っちゃいないはずだった。それでも、戦い続けた。意味はあったのだろうか。

なかったとしても、お偉いさん達は「あった」と言い張るだけだろうが。

 

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