「……あの人は言っていたんです」
はなはゆっくりと話し始める。
「?」
「彼はかなりの危険人物で。それこそ、一歩間違えれば殺人鬼になっていたんだと。
私だって、いつ殺されるか分からないって。何度言われたか分かりません」
「……彼は自分からやったわけじゃないって、言ってましたよ」
「そこは私も分かっています。実は死刑執行するべきという意見も出ていたくらいで。
私のところに来たのは最後の猶予といったところでしょう」
本を閉じて、彼は続ける。
「ですから、『人をもう傷つけるな』って言ったんです。
『私は何もしないから』って。彼を信用して言ったつもりですけどね……どうなんでしょう。
実際。約束したわけではないんですが」
そこら辺の話は聞いた。その気になれば、無視できる。
その言葉によって彼の心が縛れているのか、最悪な展開へ行かないように引き留めているのか。
僕には分かりかねた。
「それから、ずっと逃げられてばかりでした。
ふと目を離すと、いつの間にかいなくなっていたんです。
絶対に町のどこかに隠れていたんですよね……こっちは探し回るだけでも、大変なのに。
見つけても謝罪の言葉ひとつないんですから」
「まるでシロみたいですね」
「彼女よりひどかったですよ。だから、何が何でも見つけてやろうと、半ば意地になってました」
全て過去形で語られている。今は問題ない、ということか。
「そういえば、管理人殿は私たちのことをどんなふうに思っていたんでしょう? 特に、つゆのこと、とか」
「シロから聞いた情報だけだと、ただ単に変な連中が追っかけてくるとしか聞いていませんでした」
「殺人鬼が来るとは、思わなかったんですか?」
「つゆ君に関しては仲間や噂から聞いていた限りです。
何かとんでもない奴がいるなというくらいです。
人物像なんて、ほとんど興味がありませんでした。
ただでさえ、あの頃は島を行ったり来たりの繰り返しでしたから。
彼らからも仕事が増えて大変だとしか、聞いていませんでしたし」
周りがあまりにも見えていなかった。あの頃の自分と会えるなら、ぶん殴ってやりたいくらいだ。
「それから本当にこの島に滞在するようになって、ここにいた彼らは連れて行かれました。
その後は、情報は全く入ってきませんでした。
貴方たちが来なかったら、戦争の勝敗すら分かっていなかったでしょうね」
振り返ると、手が止まったままだった。僕の話をずっと聴いていたのだろうか。
「さて、貴方はどうなんです?
それを持ってきたということは、一応彼を殺す気でいた、と考えていいのでしょう?
毒は手元にありませんが、人は殺せますよ。
人間とは思っている以上に脆い生き物なんです。手段を選ばなければ、どうとでもなりますが?」
「……できません。私には、できない」
「なら、いいんです。その言葉、信じます」
「え?」
「彼を気に入っているのでしょう? それでいいと思いますがね。
どうも面倒くさくっていけないな」
もっと簡単に考えてもいいと思う。いちいち難しくする必要はない。
そんな風に考えてしまうのは、僕の精神が幼いからだろうか。
「ただ、はっきりしたほうがいいですよ。彼のためにも、貴方のためにもね。
今の状況じゃ、お互いによくありません」
「たくさんの人に言われましたよ……向き合ってやれって。
分かってはいるんですけどね。なかなか言葉が見つからなくて。難しいですね」
「率直に言えばいいんじゃないですか。回りくどい言い方したら変に誤解されますよ」
付け加えるとすれば、飾らずにまっすぐに言うのが理想だ。
難しい言いまわしなんて、彼は絶対に理解できない。 というか、途中で考えるのを放棄する。
「そうやって言ってくれるのは周りの人たちも気になるからなんじゃないですかね。
いろいろと問題を起こしてきたつゆに対して、何も言わない貴方。
何もせず、ただ見守るだけの貴方を殺そうとしないつゆ。
これは何かあったと考えないほうがおかしいんじゃないですか?
まあ、中には妄想なんかも入っていると思いますけどね」
「妄想?」
「いわゆる、恋に恋するって奴ですよ……」
僕はため息をついた。いまひとつ理解できない感情のひとつである。