傘に雨が当たり、粒が地面へ流れていく。全ての雨粒が地面に落ちて、ところどころに水たまりを作っている。
空は灰色に染まっている。数年前のその日、珍しく朝から雨が降っていた。
この島では滅多にない天気だ。物珍しさからか、全員地下から出てきている。特に何かあるわけでもないのに。
「ここでも雨が降るんだね! ね!」
「やべえ! いつぶりだ? 何か楽しいな!」
中には水たまりを飛び跳ねたり、雨粒を全身に受けたり、犬のように走り回っている者もいる。
黄色い声をあげて、はしゃいでいる。海で泳ぐときよりも楽しそうだ。
「風邪引くんじゃねえぞ。お前ら」と注意されても、まるで聞く耳を持たない。
「何だか懐かしいね」と僕。
「そういえば、向こうはそろそろ雨期に入るんじゃないか?」と誰かが言う。
「もうそんな季節かい? じゃあ、雨雲が流れてきたのかもしれないね」
「かもしれませんね」
暗くなるころには足元をぐっしょり濡らして、収容所の床に点々と跡を作っていた。
だがその日以来、この島に雨が降ることはなかった。
さらに時は進んで、あの人と話している場面に飛ぶ。
あの人は机の前に座り、手元にある書類に目を落としている。
帝国から新たに送られる予定となった犯罪者に関するものだ。
彼のところに送られる予定だったが、空き部屋がなかったらしい。
「急いで作るからちょっと待ってて」とのこと。
そんなわけで、しばらくの間僕のところで預かることになったのだ。
僕のところにいる彼らに危険が及ぶ可能性があるとのことで、監禁状態にある。
必要最低限の物しか与えず、僕以外の人間と話すことを禁じられている。
そう簡単に身動きは取れないにしてある。脱走など、そう簡単にはさせない。
「どうだい? 彼の様子は」
「現在、収容所最深部の部屋に閉じ込めています。金具を手足にはめて、大人しくしていますよ」
「そう。じゃあ、明日にでも引き渡してもらおうかな」
面倒なことのはずなのに、この人は表情一つ変えない。楽しんでいるようにすら見える。
そいつは看守としての僕の姿を見た時には、何やかんやとうるさく喚いていた。
今更何を言うのだろうと思った。僕はただ冷めた目でじっと見降ろしていた。
「悪かったね。こんな厄介ごと押し付けちゃって」
「いえ、別にかまいませんよ。お互い様です。
ただおとなしくしていますが、外に出す際には気をつけてくださいね。相当、溜まっているはずですから」
「了解。他には?」
「特に何も」
「そういえば、聞いたかい? ここの人間を向こうに連れて行くって話」
「ええ。そこまでして、続ける意味もないと思いますがね……どうせ連れて行きたくないって言っても」
「連れて行かれるんだろうねえ……嫌な話だ」
彼は僕の言葉の続きを言う。
「彼らを守る権利は」
「僕にだってある、とでも言いたいんですか? あなたが言うと白々しいからやめてほしいものだ」
僕は彼の言葉の続きを言って、ため息をつく。
「僕は囚人たちと一緒に戻るつもりだけど、どうする?」
「そうですねえ……確かにこんなところにいてもしょうがありませんし」
「まあ、答えは別に今じゃなくてもいいから。次、会う時にでも聞かせてよ」
その時の会話はそれで終わった。次の日には例の彼は連れて行かれた。
僕にとっては正直どうでもいい話だ。僕には関係ない。後はあの人に任せておけばいい。
誰が犠牲になろうが関係ない。火の粉が降りかからなければ、それでいい。
できれば、蚊帳の外を決め込みたかった。僕は関係ない。
ここにいる彼らも関係ない。そんな彼らについに召集がかかった。