やはり僕らは逆らえないらしい。絶対に連れてくるように。
抵抗するようなら容赦はしなくていい。上からそう言われてしまえば、本当にやるしかないのだろう。
「さて、聞いているだろうけれど君たちは解放されることになりました。
おそらく、君たちは向こうに戻り次第、何かしらの仕事が割り振られると思います。
日時などはまた詳しく話すと思うから。何か質問ある?」
沈黙が流れる。予想以上に冷めた反応だ。
今すぐ向こうに戻れるといわれて、そう簡単には喜べないだろう。
裏があると思われてもおかしくない。
「先生はどうするのさ? こっちにいるの?」
「君たちと一緒に戻るつもりだけど」
僕がそう答えて、また沈黙。
「なあ、ここって閉鎖しないんだよな?」
「あー……そこは向こうの管理人と話してみないと分からないや」
「ならさ、閉鎖しなかったらまた戻れるのか? ここに」
何を言っているんだろうと、この時は本気で思った。ここは戻るべき場所じゃない。
閉じ込める場所に帰ってどうするというのだろうか。それ以外には聞かれたことはない。
どうして向こうに連れて行かれるのか、という質問はなかった。それが何となく不気味だった。
僕が話したあの日以来、誰も口にしなかった。
収容所の整理やら、書類をまとめなどでバタバタして忙しかったのもあるだろうが、聞いてこないのも不思議でしょうがない。
「君たちはさ、おかしいとは思わないのかい?
何の前触れもなく、貴方たちは自由です。
あとは好きに生きてください、なんて。何かあるとは思わないの?」
片づけが一通り終わったある日の夕飯。僕はそれとなく聞いてみた。
そんな疑問を抱いてもおかしくないはずだ。それなのに誰も言ってこない。
「正直なところを聞かせてくれないかな?」と周りを見渡した。
右手に座っていた彼女が代表して席を立ちあがった。
「確かにきな臭さを感じる話ではあります。でも、あなた以外に信じられる人もいませんし。
断ったところでどうせ、ろくな目に合わないのでしょう? なら、行くしかないじゃないですか」
「看守殿は僕たちみたいな手のかかる囚人がいなくなって、せいせいするんじゃないのって思っていたんだけどね。
どうも違うらしいねえ?」と水をぐいと飲む。にやにや顔で笑いながら、僕を見る。
そんなつもりで話したわけではないのだが。
「しょうがねえなあ……じゃあ、これ預かっといてくれよ」
誰かがため息をつきながら、拳銃を僕に差し出した。ランプの小さな火がそれを照らす。
「これは?」
「頭は動かせても体は全然ダメだからなー……一応、護身用にな」
「護身用って……僕は平気だから。大丈夫だよ」
「弾と火薬は部屋のベッドの下にあるから。好きなだけ使ってくれ。
あ、帰ってきたら返してもらうからな! 絶対にだからな!」
「はいはい。分かったよ……そういう君は大丈夫なの? 死んだら元の子もないよ」
「別に俺はいいんだよ! 剣すらまともに振れないあんたよりかはな!」
「頭もできなきゃ、あまり意味ないけどねー」
「うるせっ! ほっとけ!」
その指摘にみんなが笑う。
「だから! 帰ってくるまで絶対に死ぬなよ! いいな!」
絶対に死ぬな、か。生きて帰って来られると決まったわけではないのに。
何をされるのか、僕でさえ分からないのに。それでも前を向いて、希望を失っていない。
それが何だかうらやましく思えた。
「俺たち絶対に帰ってくるから! その時にはさ、いろんな話聞かせてやるよ!」
「帰ってくるって……ここは君たちの家じゃないんだけど」と苦笑する。
「ようやくこんな狭苦しいところから解放されるんだよ? 嬉しくないの?」
「帰ってくるなと言われても、みんなここ以外帰る場所がないんだよねえ」
そう言って、全員がうなずく。彼らに帰る場所がないのは僕だって分かっている。
できれば帰る場所を用意してあげたいところだ。