しかしそればかりは僕にはどうしようもできない。
「全く……揃いも揃ってそんなこと言うんだから」
これじゃあ、僕が帰れなくなるじゃないか。続くはずの言葉が出てこなかった。
「いいよ。待っててあげるから、必ず戻っておいで」
僕は笑顔を向けた。この時は約束は果たされるものと、信じて疑わなかった。
収容所は僕の自由にしていいらしい。閉鎖するのも、開放するのも僕次第。
あの人から鍵を預かって、彼らを見送った。結局、僕はここに残った。
あそこまで言われてしまえば、嫌とは言えまい。
これまで彼らが帰ってくることを夢見て、生きた。気が付けば、数年が経っていた。
僕にとっては空白の時間だ。全てが空っぽで、まるで意味をなさない。
重さがないはずなのに、押しつぶされそうになった。それでも必死に前を見ていた。
それから時がかなり飛んで、つい数か月前に至る。
収容所に眠っていた彼女、シロを助けてから世界がまた回り始めた。
どうやってこの島に来たかも分からない彼女を僕は受け入れた。
「それにしても、この辺りって何もないんだね」
「いや、そんなことはないよ。ここにも昔、誰かが暮らしていたんだ。
でも、ある日突然消えて、どこかにいなくなったんだって」
「あ、聞いたことある。それってただの噂じゃないの?」
「いやいや、これがまた証拠とかあがっててさ。なかなか面白いんだよ」
これははなとつゆが来る前の話だ。シロを連れて、この周辺の島を回った時のこと。
彼女を追う連中が来ないこともあって、まだ余裕があった。
「ねえ、ここにいた人たちってどんな感じだったの?」
「うん? そうだな……君が想像してるほど悪い人たちが集まっているわけではなかったよ」
「そうなの?」
「まあ、すこぶる悪い奴は僕の担当じゃなかったしね。みんないい奴だったよ」
「……」
「でも全員、向こうに連れて行かれちゃったけどね」
「ふーん……?」
そんなふうに雑談しながら、二人を待っていた。そして数週間後に見つかり、二人がやってきた。
男の二人組。実際はただの保護者だった。家出した子どもを親が必死に探しまわる。
ここまではよくある話だ。ここから先が本当に面倒なことになったと、僕は思う。
一足先に戻った彼らに会えるのだろうか。向こうに戻れば、全て分かるのだろうか。
最後の朝を迎えた。バツを刻むのは今日で終わりだ。思い出は全部ここに置いていく。
それはずっと前から決めていた。もうここが開かれることはないだろう。夜になれば、闇に溶ける。あるべき姿に戻る。
「学者殿」
はなとつゆが荷物を抱えて、小屋を訪れた。
「あれ? もういいんですか?」
予想以上に早い。あと一日くらいかかるかと思っていた。
「ええ。荷物が少なかったもので」
「……なら、今日にでもここをたちましょう」
「先生こそいいのか? こっちにいろいろと残っているんじゃ……」
「もういいんだよ。彼らが帰ってこないなら、いつまでもここにいたってしょうがない」
「そっか」
「君たちこそいいのかい? ここら辺の島々って滅多に見れるもんじゃないと思うけど。
よかったら、案内するよ?」
「ま、観光しに来たわけでもないしな。うっかり忘れかけていたけど」
「とりあえず、目的は達成しましたから」
「なら、いいんじゃない?」とシロ。
「……じゃ、帰りましょうか」
僕のその一言で彼らはうなずいた。彼らの船に乗せてもらって僕は久しぶりに帝国に帰った。
不思議と気分は軽い。もっと落ち込むかと思っていた。きっと、彼らは向こうにいる。
僕を待っている。いろんな人が帰りを待っている。振り返れば、ここにいた彼らが見送っているような気がした。