静かに波が寄せては返す。まだ誰も目覚めていない。
空は明るくなり始めているが、太陽はまだ顔を出していない。
闇に染まっていた世界が光に照らされつつある。
丁寧に並べられた石畳をリズムよく鳴らしながら、僕たちは町から離れる。
港から大通りへ、建物と建物の間の細い道を僕たちは走る。
この先に彼らの家があるらしい。
朝から第二収容所のある島を出て、船をゆっくりと進めてたどり着いたのは夜も遅くなってからだ。
あの二人だって疲れがたまっているはずなのに、先頭で走っている。
僕なんて追いつくので精いっぱいだ。しばらく走ったところで、前の二人が振り返った。
シロと僕の足はそこで止まる。
「どうしたの?」
「いや、誰も追っかけてこないみたいだから」
「まあ、こんな朝方に起きてるやつはここにはいないだろうからな。問題ないだろう」
「ていうか、本当にいいの? お邪魔しちゃって」
「かまわないよ。今更一人増えようが問題ない」
「なら、いいんだけど……」
僕はこれから向かう三人の家に泊まることになった。
僕の口から「泊まりたい」と言った覚えがない。
どうやら彼らの中で自然と決まっていたことらしい。
まあ、断る理由もないので、とりあえずその言葉に甘えることにした。
また二人が走り出したのを追いかける。
灰色の町を抜けて、緑の濃い森に入る。
茶色の地面を抜けて、小道をずっと進む。鉄柵が見え、その向こうに屋敷がある。
3階建ての赤い屋根がよく目立つ。周りが森なのもあってか、よく映えている。
あれが彼らの住む家らしい。ずいぶんと豪華な建物を用意してもらったようだ。
僕が呼ばれたのも、分かる気がする。三人では、有り余ってしまうからだろう。
「すごいね、こんなところに住んでるんだ」
周りを見渡しながらゆっくり歩く。ここだけどこか違う世界にあるようだ。
なるほど、この場所は厄介者を押し付けるのにぴったりだ。
最も押し付けられた本人は厄介者だと、考えてすらいないようだ。
「ただいま!」
大きな声で玄関の扉を開ける。
ちょうど、そこであくびを殺していたエプロンドレスの女性と目があった。
服装は整っているものの、眠そうな表情はまさに寝起きと言ったところだ。
「あら、お帰りなさい。思っている以上に早かったのね」
「そうかな? いろいろと手間取ってしまったんだが」
「せっかくの旅だったんですし、もう少しゆっくりされてもよかったのでは?」
皮肉っぽい笑顔で、彼女はそう言った。
「帰ってきてほしくなかったって?」
「そりゃあ、もう。静かな日々を満喫していましたからねえ。またうるさくなるんだから、大変だわ」
手のひらを上に向けて、肩をすくめる。
「とにかく、無事でよかったわ。一人で勝手に遠くへ出歩からないように」
「むう……言われなくても分かってるよ」
「なら、いいのだけれど。
さて、こんな場所にまで、ようこそいらっしゃいました」
「えっと……初めまして」
僕の全身をじろじろと眺める。しばらく観察したあと、納得したようにうなずいた。
「なるほど。貴方が噂の管理人ですか。この度は三人がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
さぞかしうるさかったことでしょう? 特に後ろの二人が」
「誰のことだ」
「誰のことよ」
「あら。反応するということは自覚があるのですね?」と軽く笑う。
「そんなことはありませんよ。にぎやかで楽しかったですし。
彼らが来なかったら、こちらに戻ることもなかったでしょう」
「そうですか……申し遅れました。初めまして。私はすずと申します。
現在、こちらで仕えております。今後お見知りおきを」
「どうも。初めまして。第二収容所管理人です」
手を差し出すと、彼女は軽く握り返す。
「さて、長旅でお疲れでしょう。朝食なら、すぐにご用意できますが。
馬鹿みたいに手紙や連絡事項もございますが、どうされます?」
「いや、いいや……今は休ませてもらってもいいかな。連絡事項も後で聞く」
「分かりました。それでは、御用があれば呼んでください。
さて、お部屋をご案内します。ついてきてください」
三人と別れ、言われるままに彼女についていく。