依り代がたどる道 第15歩目

 

階段を上がっって、二階の廊下で彼女はくるりと振り返った。

「向こうではどうでした? あの二人」

「……どうと言われても」

「ほら、顔を突き合わせると喧嘩ばかりですからね。

よく飽きないものだと思っていたのですが、子どもの前では辞めて欲しかったのですよ」

そういえば、島にいる間は仲良くするという約束をしていたのだったか。

そこまでひどい喧嘩は見ていないから、いまいちピンと来ない。

「喧嘩っていうか……つゆ君が一方的に噛みついてるだけ、なのでは? 

彼らの話を聞く限りでは僕はそう思いましたけど」

僕がそういうと、彼女は少しだけ黙った。

「どうなるかは分かりませんが……これ以上、悪くなることもないでしょう。

あとは彼ら次第です」と適当に答えておく。

こればかりは僕にも分からない。きっかけさえあればどうとでもなるとは思うが。

「まるで見方が違うのね。さすが、世間から離れていただけのことはあります」

さりげなく馬鹿にされているのは置いておこう。僕の考え方が特殊なわけではない。

誰もが思っていたとしても、気づいていたとしても、誰も言わないだけだ。

あの二人と関わりたくない。あの二人とは関係がないから。どうせ、そんな理由だ。

「あなたはどう思うんでしょう。彼らをずっと見てきたんですよね?」

そう言われて、彼女はしばらく黙った。

「そうねえ……極悪非道の悪人というわけではないんですがね。

面倒ですよね、他人の喧嘩を見ていて楽しいわけでもないですし。

あの馬鹿が倒れた時は、こんな奴でも風邪は引くんだなとは思いましたが」

「ああ、聞きましたよ。つゆ君、ぶっ倒れたんですってね? 

あの時、行けなくて本当にすみませんでした。本来なら僕の仕事なのに」

「いいえ、お気になさらないでください。あれだけのことをしてきたのですもの。

きっと天罰が下ったのでしょう。さて、お部屋はこちらになります。何かあれば、呼んでください」

それだけ言って僕は部屋に取り残された。

よく言えばおしゃべり好き、悪く言えば馴れ馴れしい。

ずいぶんと溜まっているみたいだったから、話を聞いた方がいいのだろうか。

「……」

まあ、時間を見つけて話を聞いてみよう。

肩から下げていたカバンを置いて窓を開け放った。すぐに横を見ると森が広がっている。

帰って来たという実感がいまひとつ湧かない。

僕の知らないところばかり通って来たからだろうか。ここも初めて来る場所と言えば、そうなのだが。

「まー……いいや」と窓を閉めた。

そのうち、僕の見慣れた景色も見られるだろう。僕はベッドに身を投げた。

眠気に襲われ、目を閉じているうちに意識が途切れた。

 次に目を覚ましたら、また朝日が昇っていた。

驚きで言葉も出ない僕を置いて、世界は明るくなっていく。あれからずっと眠っていたらしい。

「おはようございます。失礼します」

ノックが三回した後、扉の向こうから声が聞こえた。

答える間もなく、中に入って来たのはここで働いているメイドだった。確か、すずさんだったか。

「あ、どうも」

「昨日はよく眠れましたか?」

「すみません……今起きました」

「あまりにも気持ちよさそうに眠ってましたから。声をかけるのも悪いかと思って」

何でこうも僕は無防備なのだろうか。寝顔を見られるのもこれで二回目だ。

「そういえば、あの三人は?」

「彼らも帰ってすぐに眠ってしまいました。

シロちゃんは先ほど目覚め、町に遊びに行ってますよ。朝食の前に帰ってくるとは思います」

子どもって本当に元気だ。その元気を僕にも少々分けてほしいくらいだ。

「それで、あの二人は?」

「お二人は早速、あの子の報告に行くそうですよ」

それであなたを起こしてくるようにと言われたのですと、彼女は続けた。

 「その様子を見る限り、無事連れて帰ることに成功したようだな」

現在、はなとつゆはシロを連れて帰ったことを上司に報告している。

無事帰還したら、すぐに伝えると前から話していたようだ。

僕は協力者ということで一緒に来ていた。二人の間にシロが立っている。何となく、退屈そうだ。

「はい。こちら第二収容所の管理人が協力してくださいました。

彼女がいなければ、どうなっていたことやら」

「そうだったのか……ふむ。ご協力感謝いたします。管理人殿。

どうでしょう。久しぶりのこちらの空気は」

「懐かしいですね。いやあ……医療班の連中は元気にしているんでしょうか」

「……この度、帰還した理由を聞いても?」

「彼らから囚人たちが帰って来ないことを聞きましてね。

帰って来ないなら、あそこにいる意味もありませんから。戻ってきちゃいました」

彼は少しだけ目を見開いた。

「もう二度と顔を見ることはないと思っていたからな。管理人殿」

「まさか僕もこの国の地面を踏むことになるとは思いませんでしたから。

僕もびっくりしているところですよ。司令官殿」

「想定外なのはお互い様、だな」

「まさしくその通り」

僕たちはお互いに笑いあう。

「それでは、管理人殿は今後どうされるのです? 医療班に復帰されるのですか?」

「席が空いていれば、そのつもりですよ」

「それなら、さっそく戻った方がよろしいでしょう。他に何か聞きたいことはありますか?」

「いえ、特に何も。それでは、失礼します」

彼がそう言うのであれば、そうなのだろう。もう戻っても大丈夫みたいだ。

重い扉を閉めて、僕は病棟へ足を向けた。

 

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