その後は何事もなかったように、久しぶりに仕事をした。
彼らに教えてもらいながら、業務を進める。面倒くさそうにしつつも、どこか嬉しそうだった。
「それじゃ、また明日なー」
僕も手をあげて、その日は帰った。少し軽い足取りで、屋敷へと帰る。
玄関のところでななと出くわした。
「今戻られたんですね、お疲れ様です」と、彼は軽く頭を下げる。
「お疲れ様です」
「学者殿に見せたいものがあるので、私の部屋に来てもらいのですが……大丈夫ですか?」
「別にいいですけど」と僕は返した。何を見せたいのだろうか。見当もつかない。
言われるままに先に行くはなの後を追いかけた。月明かりが彼の髪を時折反射する。その度に、金色に輝いていた。
部屋につくとはなは棚を探し始める。扉を背にして、部屋とその様子を眺める。
左の方の壁は本棚で埋め尽くされている。子供向けの本から、図鑑、小説、参考本、新書まで何でも揃っている。
思いつく限りをここに詰め込んだ、と言ったところか。
「すごい量ですね」
「そうですかね。これでも減らした方なのですが……」
「減らした、とは?」
「司令官殿からあの子の面倒を任せると言われた時、あの子にしてあげられるのがこれくらいしか思い浮かばなかったんです」
はなはそう言って、苦笑する。
「あちこちから探してきたんです。もう読まなくなった本とかを片っ端からかき集めて。
二、三か月くらいかかりましたかね。でも集めたはいいんですけど、かなりの量になってしまったので。
もう少し考えてからするべきだったかな。残りは全て図書館行きになってしまいました」と、肩を落とした。
「つゆも読んでもらえればと思っていたんですが、だめですね。全然、寄り付きもしません」
そもそもつゆ君は読めるんですかねと返しそうになったが、黙って飲み込んだ。
しばらくして、はなは木箱を僕に手渡した。何の飾りもない、簡素な作りだ。重みも感じない。
「……これは?」
「収容所にいた彼らからの手紙です。全部、あなた宛てなんですよ」
「そういえば、言っていましたね。そんなこと。まさか本当に預かっているとは」
「時間があるときにでも読んでみて下さい」
「そうですね」
「あ、私は読んでませんから。気にしないでください」
「読まなくていいんですか?」
「ええ。彼らがあなたを慕っていたこと、誰よりもあなたのもとに帰りたがっていたのは分かっていますから。
あくまでも私は彼らの監視役。彼らにとっては私に読んでほしいとは思わないでしょう」
都合よく押し付けられるだけの理由になっていると言えばそれまでだ。
その監視役が今もこうして、あの二人の監視を任されている。何だか不思議に感じる。
「やっと渡せましたよ。彼らの思いもようやく報われることでしょうから」
長かったなあと、彼は呟いた。この人は待ち続けていたのだろう。この機会を誰よりも待ち望んでいた。
ある意味では、僕の帰還を誰よりも望んでいたのかもしれない。青色の目がまっすぐに、僕をとらえる。
「あちらで日誌を見させてもらった時、結構嬉しかったんですよ。
彼らが生きていたことがちゃんと証明されたこと。
それと管理人としてのあなたと向き合えたことが」
それはあくまでも僕なりの誠意のつもりだ。それ以上の意味はない。
「別に大したことはしていませんよ。話を聞いてあげるくらいのこと、誰にだってできるわけですし」
「そうですかね。あなたのことをかなり慕っているように思えましたが」
「手のかかる問題児ばかりでしたよ。人の話は聞かないわ、自由に行動するわで。毎日大変でしたし」
「それでも、見捨てるような真似はしなかったんでしょう?」
「そりゃ、あそこしか彼らの居場所はなかったんですから。
でなきゃ、あそこに引きこもってなんていませんよ」
笑いたければ笑えばいい。目も当てられない、見ていられいない姿であったことは分かっている。
しかし、彼は笑わなかった。
「それを言えば、あなただって似たようなもんじゃないですか。
彼らをずっと見ていたんでしょ?」
「少なくとも対等には見れていませんでした。その差は大きいと思いますよ」
「……」
「本当にうらやましい限りですよ。あなたが」
少しも笑いもせずに、ただそう言った。
「学者殿?」
「いえ、何でもないです。ありがとうございました。
あとでゆっくり読ませてもらいますね」
僕はそれだけ言って、部屋を後にした。