依り代がたどる道 第18歩目


 

 どうしようもない寂しさを抱えながら、目覚めた。その寂しさの中に、ひとつの決意が芽生えていた。

もう一人の管理人と話し合わなければならない。

ほとんど思いつきに近かった。だが、絶対にやらなければならないことでもある。

やる気が芽生えた今のうちに、会って話さなければならない。

今日は仕事の合間を縫って、彼と連絡を取り合った。

急な連絡でも、一切取り乱さずに約束をしてくれた。どうにか、今週末に会うことができそうだ。

これで僕の決意は折れずにすんだわけだ。 

 終末になって、扉を叩く。似たような形の扉は他にもある。

扉の奥に誰もいないことを願っているのはなぜなのだろうか。何より重いのは心の方だ。

鉄の塊でも引きずって来たようだ。しかし、約束をしたのは僕だ。破るわけにもいかない。

「どうぞ」

わずかに抱いていた希望は砕かれた。僕は諦めて、扉を開けた。

黒髪がテーブルにひじをついて待っていた。手紙を残した張本人。にやけ面は変わらない。

眼鏡の奥の黒い眼はいつも何かが渦巻いている。

「お帰り。管理人さん」

眼を細めて、笑う。趣味が悪い方の管理人の根城。早くここから出たい。

「医療班兼死体処理班隊長、ただいま戻りました」

「そっちの名前を使うんだ? まあ、いいや。その顔が見られて嬉しいよ。

優しい管理人さん。相変わらず、元気そうで何よりだ」

「あなたこそ、あまり変わらないようで」

「それで、今日は何しに来たの? しばらく僕の顔を見ていないから会いたくなっちゃった?」

「まったく、何を言っているんですか」

「つまらないなあ。久しぶりに会えて嬉しいのに」

「僕は嬉しくありませんよ。ただ、僕がいないこの数年間、世界が大きく動いているみたいなので」

「その渦の中に、君は運悪く巻き込まれたってわけだ」

彼は軽く笑う。

「いいよ。あの子について、知ってることなら何だって答えようじゃないか」

「結局、『依り代』とは一体何なのですか?」

「そのままの意味みたいだよ」

「ということは、神に通じる何か、と言ったところですか」

どうやら収容所に残っていた記録の中身は正しかったようだ。神様の代わりに世界を見る使者。

神に近づこうとすれば罰を受けそうなものだ。

彼女自身にだって知らされていなかったことなのに。どうやってこの国は知ったのだろうか。

 「どこで捕まえてきたのかってのは、僕にも分からない。

そもそも、何であんな子に執着してるのか、何のために連れてきたのか。

目的なんかを知らされてるのはごく少数って話だし。知りたくても知ることはできないんだ。

けど、ひとつ言えることがある。

つゆっていう問題児を抱えてるんだし、訳の分からない依り代の面倒くらい見てくれるだろ。

そんな魂胆はあるんじゃないかな?」

つゆを理由にして、あの子を押し付けたという僕の考えは割と的を射ているようだ。

あの子の面倒自体、はなはまんざらではなかったようだ。そうでなければ、つゆを任されるはずがないか。

「町の人々もあの子のことは受け入れてくれてるみたいだしね。

今のところ、文句や苦情なんかは入って来てない」

それが得体の知れな化け物であったとしても。と彼は付け加えた。

政府に苦情がなくても、はな自身のところに来ているのはないのだろうか。

どちらかというと、つゆに関することの方が多い気がしてならない。 

「そうだ、つゆ君についてもちょっと話しておこう。

下手したら、誰からもまともな話を聞けていないんじゃない?」

問題行動を起こしまくった末に、隊長殿のところまで回されたのだったか。

だが、その最初の行動は彼の意思で行われたものではなかった。

裏で仕向けられていた罠だった。ここまで話すと、彼はめんどうくさそうにため息をつく。

「それに関しては、いろいろと賛否両論あるんだよ。それこそ、話し始めたらキリがない」

彼はわざとらしく両手を挙げた。

キリがないということは、擁護派もそれなりにいるということか。

何度も、掘り下げられて議論されていることが伺える。

「それ以外にも、彼の存在自体に納得がいかない奴も多くってさ。

腹いせやら八つ当たりやらで、彼に喧嘩を吹っ掛けた連中がなんと多いことか」

「で、その喧嘩を買って」

「勝っちゃうんだもんなー……病院送りにされてたらまた違ったんだろうけど。

正直に言っちゃうと、依り代以上の化け物だよ」

 依り代以上の化け物か。背もたれによりかかる。

「だから、はなにちょっと協力してもらったんだ。化け物退治にね」

それはどういう意味だろうか。口角をあげて、彼は笑う。

「今も持ってるんでしょ、あのビン」

そう言われて、ようやく意味が分かった。

彼から取り上げて以来、ずっとポケットにしまいっぱなしだった。 

 

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