どうしようもない寂しさを抱えながら、目覚めた。その寂しさの中に、ひとつの決意が芽生えていた。
もう一人の管理人と話し合わなければならない。
ほとんど思いつきに近かった。だが、絶対にやらなければならないことでもある。
やる気が芽生えた今のうちに、会って話さなければならない。
今日は仕事の合間を縫って、彼と連絡を取り合った。
急な連絡でも、一切取り乱さずに約束をしてくれた。どうにか、今週末に会うことができそうだ。
これで僕の決意は折れずにすんだわけだ。
終末になって、扉を叩く。似たような形の扉は他にもある。
扉の奥に誰もいないことを願っているのはなぜなのだろうか。何より重いのは心の方だ。
鉄の塊でも引きずって来たようだ。しかし、約束をしたのは僕だ。破るわけにもいかない。
「どうぞ」
わずかに抱いていた希望は砕かれた。僕は諦めて、扉を開けた。
黒髪がテーブルにひじをついて待っていた。手紙を残した張本人。にやけ面は変わらない。
眼鏡の奥の黒い眼はいつも何かが渦巻いている。
「お帰り。管理人さん」
眼を細めて、笑う。趣味が悪い方の管理人の根城。早くここから出たい。
「医療班兼死体処理班隊長、ただいま戻りました」
「そっちの名前を使うんだ? まあ、いいや。その顔が見られて嬉しいよ。
優しい管理人さん。相変わらず、元気そうで何よりだ」
「あなたこそ、あまり変わらないようで」
「それで、今日は何しに来たの? しばらく僕の顔を見ていないから会いたくなっちゃった?」
「まったく、何を言っているんですか」
「つまらないなあ。久しぶりに会えて嬉しいのに」
「僕は嬉しくありませんよ。ただ、僕がいないこの数年間、世界が大きく動いているみたいなので」
「その渦の中に、君は運悪く巻き込まれたってわけだ」
彼は軽く笑う。
「いいよ。あの子について、知ってることなら何だって答えようじゃないか」
「結局、『依り代』とは一体何なのですか?」
「そのままの意味みたいだよ」
「ということは、神に通じる何か、と言ったところですか」
どうやら収容所に残っていた記録の中身は正しかったようだ。神様の代わりに世界を見る使者。
神に近づこうとすれば罰を受けそうなものだ。
彼女自身にだって知らされていなかったことなのに。どうやってこの国は知ったのだろうか。
「どこで捕まえてきたのかってのは、僕にも分からない。
そもそも、何であんな子に執着してるのか、何のために連れてきたのか。
目的なんかを知らされてるのはごく少数って話だし。知りたくても知ることはできないんだ。
けど、ひとつ言えることがある。
つゆっていう問題児を抱えてるんだし、訳の分からない依り代の面倒くらい見てくれるだろ。
そんな魂胆はあるんじゃないかな?」
つゆを理由にして、あの子を押し付けたという僕の考えは割と的を射ているようだ。
あの子の面倒自体、はなはまんざらではなかったようだ。そうでなければ、つゆを任されるはずがないか。
「町の人々もあの子のことは受け入れてくれてるみたいだしね。
今のところ、文句や苦情なんかは入って来てない」
それが得体の知れな化け物であったとしても。と彼は付け加えた。
政府に苦情がなくても、はな自身のところに来ているのはないのだろうか。
どちらかというと、つゆに関することの方が多い気がしてならない。
「そうだ、つゆ君についてもちょっと話しておこう。
下手したら、誰からもまともな話を聞けていないんじゃない?」
問題行動を起こしまくった末に、隊長殿のところまで回されたのだったか。
だが、その最初の行動は彼の意思で行われたものではなかった。
裏で仕向けられていた罠だった。ここまで話すと、彼はめんどうくさそうにため息をつく。
「それに関しては、いろいろと賛否両論あるんだよ。それこそ、話し始めたらキリがない」
彼はわざとらしく両手を挙げた。
キリがないということは、擁護派もそれなりにいるということか。
何度も、掘り下げられて議論されていることが伺える。
「それ以外にも、彼の存在自体に納得がいかない奴も多くってさ。
腹いせやら八つ当たりやらで、彼に喧嘩を吹っ掛けた連中がなんと多いことか」
「で、その喧嘩を買って」
「勝っちゃうんだもんなー……病院送りにされてたらまた違ったんだろうけど。
正直に言っちゃうと、依り代以上の化け物だよ」
依り代以上の化け物か。背もたれによりかかる。
「だから、はなにちょっと協力してもらったんだ。化け物退治にね」
それはどういう意味だろうか。口角をあげて、彼は笑う。
「今も持ってるんでしょ、あのビン」
そう言われて、ようやく意味が分かった。
彼から取り上げて以来、ずっとポケットにしまいっぱなしだった。