僕がしばらく黙っていると、話し始めた。表情は変わらないまま、真面目に話し始める。
「だってさあ、君は言わなかったでしょ。あの瓶を人に渡すなとか、絶対に使うなとか。
お好きにどうぞ、とは言っていたから。そのお好きなようにしてみただけし。
周りの連中は何をためらってんだか知らないけどさ、誰もやらないんだもん。ねえ?」
「誰もやらないならあなたが代わりにやればよかったのでは?
別に誰かにやらせる必要なんてなかったでしょうに」
「いやいや、最後の最後まで頑張ってみないと」
頑張る点はどこにあるのだろうか。高みの見物をすることを頑張るというのか。
「結局、何もできなかったみたいだけど」
「何もできなかった、そうですね。まさにその通り」
「どうだった?」
感想を求められても正直、困る。まあ、状況を伝えるだけなら別にいいか。
「あの人、殺したくないって言っていたんですよ。
毒なんかなくても人は殺せますよって言ったら、返ってきた答えが殺したくない。
彼を殺せないってさ。そう言われたんです」
「……」
「どうやら毒に苦しめられていたのは彼の方だったみたいですよ。
案外、その毒で病んでやめていたかもしれませんね」
彼の口は開かない。心が開いているかどうかは、分からない。
「何が面白くてこんなことをやったのか、さっぱり理解できません。
あなた、何がしたかったんです?」
恐らく、使う意思は最初からなかったのだろう。それではどうして持ってきたのだろうか。
この人が使うように強制でもしていたに違いない。それでも彼は答えない。反応すらしない。
「何を言っても、無駄みたいですね」
響きもしないし、届きもしない。僕の言葉は彼の心をかすっていくばかりだ。
「てっきり、はなみたいな人間は嫌いだとばかり思ってたんだけど。意外と仲良くできちゃうもんなんだね」
話の流れが突然変わった。彼みたいな人間とは、どういう意味だろうか。
「ああいうお人好しっていうか、人を疑わないっていうか。
どんな嘘でも信じちゃう、みたいな」
「確かに根っからの善人ではありますが」
「いい奴過ぎて利用されやすい、っていうかさ。警戒心がまるでないんだよね」
「だからあなたみたいな人間に利用される、と?」
「ひどいなあ。確かに利用したのは事実だけど」
「で、なぜそれが嫌う理由になるのです」
「僕の勘。特に意味はないよ」
「そうですか」
「さて、他に聞きたいことは?」
「特にありませんよ」
「そう言うんだったら、別にいいや。また聞きたいことがあったら、気軽に連絡してね。
知っていることなら全部話すから」
「もう来ることはありませんよ」
「そう? これで顔を見るのが最後っていうんなら、ちょっとだけ付き合ってもらおうかな」
彼はようやく、いすから立ち上がった。僕と背丈は大して変わらない。
視線も同じ高さになる。目も合わせたくない。
「話が終わったなら、帰ってもいいですか?」
「ええ? 君はもう会う気はないんだろうけどさぁ。
別に少しくらい、いいんじゃないの? たまにはこういうのも悪くはないと思うけど」
「存在からして悪いんですよ。あなたの場合は」
「趣味が悪いだけに、って?」
「いい加減にしてください」
「どうもありがとうございました」
「勝手に漫才にするな」
「はいはい。それじゃ、行こうか」
楽しそうに扉を開け、意気揚々と部屋を出て行った。
何故、この人とこんな会話をしなければならないのだろうか。
どうして付き合わなければならないのだろうか。早いところ解放してほしい。
僕は心の中でぶつくさ言いながら、後ろからついて行った。