それ以前に、『あいつら』というのが分からない。僕を警戒する誰か。
一体何者たちのことなのだろうか。そして、今どこにいるのだろうか。
彼女が脱走したのは気づいているのだろうか。
僕はどうしたものかと、木を背にして座る。もたれかかって、夜の闇をただ眺めていた。
眼をゆっくり開く。眩しい。朝日が海に反射して輝きを増している。
光が世界を支配し始めている。いつの間に、星たちは消えていったのだろうか。
そう思いながら、僕は再び眼を閉じた。
振動を感じた。体の自由が利かなくなる感覚。全ての物がばらばらと落ちていく。
何度、積んであった本の下敷きになったことか。
立ちあがっていることすら、ままならない。何度体験しても慣れない感覚だ。
確かこの周辺は地震が全く起きない地形だったはずだ。おかげで本につぶされずに済んでいるのだ。
「何?」
僕は眼をあける。
「学者さん!」
シロが揺らしていた。肩を持ってぐらぐらと。震源は彼女だった。
「……?」
「ちょっと! 起きて!」
「……どうしたの?」
「お願いだからこんなところで寝ないで! 風邪ひいたらどうするの?」
「シロちゃん……?」
「邪魔だったなら、私がいなくなるから……!」
「いや……そんなことはないさ。大丈夫。問題ない」
僕はゆっくりと立ち上がった。太陽はまだ高くなかった。
さすがに寝る場所くらい、選べばよかった。
「おはようございます……かな」
そういえば、挨拶をするのも久しぶりだった。
小屋に戻ると、すぐにベッドの中に放り込まれてしまった。
彼女が『眠れているはずがない』とうるさいからだ。僕自身は全く問題ないのだが。
「もー! あんなところにいるなんて! 一体、何のための監獄なの!?」
「……いや、そうなんだけど」
外で眠っているより、監獄の中のほうがよほど快適だ。
何であんなことをしていたのか、自分でも分からない。相変わらず、地図は反応なし。
あいつらにはまだ分かっていないのか、ただ壊れているだけなのか。分からない。
あれだけ落ち着いて行動ができているのだ。そろそろ、聞いても大丈夫な頃合だろう。
「ねえ、シロちゃん。君の言っていた『あいつら』ってどんな連中なのかな?
君の親なのかい? いや、答えたくなかったら別にいいんだけど」
「あんな人たち……両親なんかじゃない」
「そっか……じゃあ、何をしていたのかな?」
「……分かんない」
「え?」
「何をしていたのか。こっちが聞きたいくらい。
いつも偉そうに歩いていて……訳分からない言葉を喋ってばかりで。私には絶対に教えてくれなかった」
それ以上は続かなかった。代わりに僕は質問を変えた。
「……普段、どんな服装をしていたの? 見た目とか、でもいいから。
どんな物を持っていたか分かる? 気になることとか、何でもいいから言ってみて」
「1人は「はな」っていう金髪、もう1人は「つゆ」っていう青色の髪の2人に預けられてたの」
「青色……ね」
青色の髪。何かが頭をよぎった。分からない。だから、忘れないようにする。
「それから、銃とナイフ……いつ殺されるか分からないからだって。
つゆは大きなナイフをいつも。いつでも人を殺せるような。
それで、はなが命令を出してどこかに行って。帰った時はナイフが真赤に汚れてて……すごく怖かった。
でも、服には全然ついてなくって」
「なるほど……金髪は他に誰か一緒にいる奴はいたの?」
彼女は首を振った。常に二人一緒。ということか。
彼女は子供のできないカップルにでも引き取られたのだろうか。
「二人で話し合う時は必ず紙とペンを使ってた。
そこに書かれていることもよく分からなかったし……」
「……ふむ」
どうやら、『あいつら』は帝国において重要な立場にあるようだ。
いつ殺されてもおかしくないくらいには。身内で敵を作っているらしい。
「青色の髪の奴が気になるけど……今はいいや。ていうか……相当仲が良かったんだ?
羨ましい限りだ。あと、青髪は戦闘員。しかも、金髪直属の。
他につるんでいる連中がいないってんなら、ね」
そんな腕の立つ奴がいて、僕に何ができると言うのだろうか。
ナイフだって、拳銃だってまともに扱ったことがない。