依り代がたどる道 第22歩目


 

「今日はありがとう! いろいろと話せて楽しかった! 

また来てね! いつでも待ってるから!」

店の手伝いが終わったのも、夜20時を回ってからだった。

町の街灯は夜の闇に染まった道を照らしている。結局、はなは来なかった。

本当に何やってんだ。あの人。こうなったら、ただでは済ますまい。

何をしてもらおうかと考えていると、しおんに肩を叩かれた。

「ねえ、ちょっと聞いてもいいかしら?」

何だろうと、彼女に近寄ると声を落として話し始めた。

「シロちゃんって、普通の子よね? 上から押し付けられたって言っていたけど」

「普通……といえば、普通ですよ。ね?」と、言いながらつゆを見る。

「まあ、ちょっと訳ありでな。どうしても面倒を見てほしいんだとさ」

つゆは文句を言いながら、僕の方を見返す。

「他の部署にどうして預けなかったと、何度言われたことか。分からないな」

それを僕に言われても困る。最も、それを言うべき人はここにはいない。

話は聞いていたらしい。シロは出勤してきた店員に遊んでもらっている。話を聞いている様子はない。

「そうよね。普通の女の子、よね」

自分自身に言い聞かせる言葉の割にはどうにも歯切れが悪い。

僕たちの表情を見ながら、しおんは言った。

「見ちゃったの。私」

「何を?」

 何だか怖い話でも聞かせるように、僕たち二人を手招きした。

それはしおんがいつものように、朝早くに店の前を清掃していた時のことだった。

箒を片手に掃除をしていると、いつの間にか店の前にシロが立っていた。

どこか遠くを見ているような、うつろな表情で突っ立っていたらしい。

声をかけても、上の空。どうしたのかと様子をうかがっていると、両手をゆっくりと前に差し出した。

何かを呟いたのち、彼女を中心に風が吹き荒れた。

眼も開けられないほどの強かったらしい。風がおさまってから眼を開けると、彼女はそこにいなかった。

「その日からよね、あの子がいないって騒ぎ始めたのは……」

「見間違いとかじゃなくて?」

「いいえ! 絶っ対にあの子だった! 見間違いようがないもの! 

信じられないかもしれないけど! 竜巻起こして飛んで行ったんだから!」

大声でしおんは主張する。確かに白い髪なんて、あの子以外にいない。

そっくりさんがやったいらずらだったとしても、かなり悪質なものだ。

それに、これまで聞いた話と一致している。人の目の前で竜巻を起して、姿を消す。

僕の元へ行く瞬間のあの子。シロが脱走したその時を目の前で見た人をついに見つけた。

「……お前はどうなんだよ。結局、どうやってあっちに行ったんだ?」

「分からない。だって目覚めたら、学者さんのところにいたんだもん。

それこそ神様にしか、分からないんじゃない?」

首を振りながら答えた。頭のてっぺんで結ばれた白い髪が揺れる。

本人は何も覚えていない。依り代は神との繋がりがあると分かった。

彼女の言う「神様にしか分からない」という言葉も、今となってはまるで意味が変わる。

「ま、こんな感じでね。

こいつがどうやって向こうに行ったのかっていう話も、何で行ったのかって話も、一向に進んじゃいない。

大体、上の連中も分かっているかすら怪しいところだし」と、肩を竦めつつ話した。

「まあ、見つかったんならいいけどね。もうあんまり迷惑かけちゃだめよ?」

「分かったってば……」と、シロは頬を膨らませた。

帰りはあの商店街から続いている先の見えない道を通って行った。

 考えてみれば、この道は街頭ひとつないのだ。

商店街から曲がり角に入った途端、灯り一つなくなる。暗闇のみが支配している。

 

2→

 


依り代がたどる道

 →23歩目に進む

 →21歩目に戻る 

 →目次に戻る

 →ホームに戻る