「今日はありがとう! いろいろと話せて楽しかった!
また来てね! いつでも待ってるから!」
店の手伝いが終わったのも、夜20時を回ってからだった。
町の街灯は夜の闇に染まった道を照らしている。結局、はなは来なかった。
本当に何やってんだ。あの人。こうなったら、ただでは済ますまい。
何をしてもらおうかと考えていると、しおんに肩を叩かれた。
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかしら?」
何だろうと、彼女に近寄ると声を落として話し始めた。
「シロちゃんって、普通の子よね? 上から押し付けられたって言っていたけど」
「普通……といえば、普通ですよ。ね?」と、言いながらつゆを見る。
「まあ、ちょっと訳ありでな。どうしても面倒を見てほしいんだとさ」
つゆは文句を言いながら、僕の方を見返す。
「他の部署にどうして預けなかったと、何度言われたことか。分からないな」
それを僕に言われても困る。最も、それを言うべき人はここにはいない。
話は聞いていたらしい。シロは出勤してきた店員に遊んでもらっている。話を聞いている様子はない。
「そうよね。普通の女の子、よね」
自分自身に言い聞かせる言葉の割にはどうにも歯切れが悪い。
僕たちの表情を見ながら、しおんは言った。
「見ちゃったの。私」
「何を?」
何だか怖い話でも聞かせるように、僕たち二人を手招きした。
それはしおんがいつものように、朝早くに店の前を清掃していた時のことだった。
箒を片手に掃除をしていると、いつの間にか店の前にシロが立っていた。
どこか遠くを見ているような、うつろな表情で突っ立っていたらしい。
声をかけても、上の空。どうしたのかと様子をうかがっていると、両手をゆっくりと前に差し出した。
何かを呟いたのち、彼女を中心に風が吹き荒れた。
眼も開けられないほどの強かったらしい。風がおさまってから眼を開けると、彼女はそこにいなかった。
「その日からよね、あの子がいないって騒ぎ始めたのは……」
「見間違いとかじゃなくて?」
「いいえ! 絶っ対にあの子だった! 見間違いようがないもの!
信じられないかもしれないけど! 竜巻起こして飛んで行ったんだから!」
大声でしおんは主張する。確かに白い髪なんて、あの子以外にいない。
そっくりさんがやったいらずらだったとしても、かなり悪質なものだ。
それに、これまで聞いた話と一致している。人の目の前で竜巻を起して、姿を消す。
僕の元へ行く瞬間のあの子。シロが脱走したその時を目の前で見た人をついに見つけた。
「……お前はどうなんだよ。結局、どうやってあっちに行ったんだ?」
「分からない。だって目覚めたら、学者さんのところにいたんだもん。
それこそ神様にしか、分からないんじゃない?」
首を振りながら答えた。頭のてっぺんで結ばれた白い髪が揺れる。
本人は何も覚えていない。依り代は神との繋がりがあると分かった。
彼女の言う「神様にしか分からない」という言葉も、今となってはまるで意味が変わる。
「ま、こんな感じでね。
こいつがどうやって向こうに行ったのかっていう話も、何で行ったのかって話も、一向に進んじゃいない。
大体、上の連中も分かっているかすら怪しいところだし」と、肩を竦めつつ話した。
「まあ、見つかったんならいいけどね。もうあんまり迷惑かけちゃだめよ?」
「分かったってば……」と、シロは頬を膨らませた。
帰りはあの商店街から続いている先の見えない道を通って行った。
考えてみれば、この道は街頭ひとつないのだ。
商店街から曲がり角に入った途端、灯り一つなくなる。暗闇のみが支配している。