依り代がたどる道 第8歩目


 

 その人もやっていないとか、俺に襲われたとか適当なことを言っていた。俺はやっていない。

何度そう言っても誰も聞いてはくれない。誰もが言っていた。その状況そのものが信じられない。

ありえないとさえ、言われた。

「でも、何となく分かるんだよ。あの日の場合は視線がな、いつもと違っていた。

殺す気満々だったんだ。だから、対応できた」

そのことをはなに話すと「どうして逃げなかった」と聞かれた。

 なるほどと、納得してしまった馬鹿な自分がいた。そうすれば、今よりかは話を聞いてくれたのだろう。

マシな状況になっていたはずだ。あそこまで追い詰めた理由が分からない。

「それ以外にも俺が気に入らないやつが大勢いるみたいでな。喧嘩を毎日吹っかけられた。

で、全部相手にしてた。しばらくしてまた牢獄に送られた」

殺しにかかってきた奴から自分の身を守って何が悪いのだろうか。

「周りは俺を見て殺人鬼だの何だのって……近寄ってこなくなった。

別に好きで傷つけていたわけじゃないんだけどな。正当防衛って言うんだっけ? こういうの」

聞いてみると、先生は頷いた。

「意味としては、間違っちゃいないよ」とも答えた。

使い方は合っているらしい。

「で、結局はなのところに回された」

どうせ、いつか殺しに来る。前の奴と大して変わらない。あの人をよく見て、気をつけているか。

そのくらいのことしか思わなかった。

「あの人、全然殺す気ないんだよ……それどころか、優しくしてくる」

あの人は最初に言った。「私は君を殺すつもりはない」と。「だから、誰も傷つけるな」と。

その時一緒にいた部下も驚いていた。

何故、そんなことを言ったのだろうか。そしてその言葉通り、傷つけるようなことはしてこない。

約束をしたというわけではない。無視しようと思えば、無視できる。

あの人が何もしてこないから、俺は何もしない。それだけの理由だ。

それでも、気持ちが悪いことには変わりはない。

「あの人、絶対に怒らないんだ。いや、怒るっていうか……何ていうか。

憎いとかさ生意気とかさ……思ってもおかしくないんだよ。あんだけやらかしたんだから。

それでも何もしてこないんだ。あの人。いつも困ったように笑うだけで」

周りは言う。『優しい人間でよかったな』と。あの人が傷つけるつもりは本当にない、らしいのは分かった。

だが、俺には何か裏があるように見える。優しくしてもらっても、そう簡単には信じられない。

「訳分かんなくってさ……逃げたり、色んな事言ったりして。

こっちに来ている間はせめて、嘘でもいいから仲よくしようかってあの人の言われたんだ」

仲がいいように見えていたなら、それでいい。それが本当になるならもっといい。しかし、できない。今は。

「……全然気づかなかったや。すっかり騙されちゃった」と彼女は笑った。

「なるほどねえ……彼に気に入られているっていうのはどうかな? 

だから、手放さない、とか。だから優しくしてくれる。んじゃないの?」

考えながら、ゆっくりと慎重に答える。

「ありえないだろ……『使い物にならない青い鳥』とか言われてんのに。

ただでさえ、嫌われてんだ。俺のせいで。気に入るはずがない」

前向きな理由はありえない。だからといって、別の理由があるようには思えない。

「シロを押し付けられた理由も、俺がいるからだと思うんだ。

俺を理由に面倒ごととか、厄介ごと持ってきているような気がする」

「……それはちょっと考えすぎなんじゃないかな?」

「かもしれないけど……」

「少なくとも、彼は気に入っていると思うけどな。じゃなきゃ、今頃ここにいないって」

先生は朗らかに笑った。

「それでも、君のやっていたことは間違っているんだろうね。そこはちゃんと理解しなきゃいけないよ」

一瞬にして、真顔に戻った。

 

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