間違っている。彼女はそうはっきりと言った。
「間違っているっていうか、確かに言い分としては一理あるんだけど。
自分を守るためにって言うのは、分かるけどね。ちょっとやりすぎたんだろうねえ……」
「やりすぎた……?」
言いたいことがいまひとつ分からない。
「あまりに引っかかってくれるもんだからさ、向こうはさぞかしやりやすかったと思うよ。
逃げようっていう発想はなかったのかい?」
「それは……」
彼女も同じことを聞いた。あの時は思いつかなかったとしか、言いようがない。
「本当に最初の頃は、何で俺じゃないんだとか、お前なんかが何で、とか。言われたよ。
でもすぐに売ってくる奴もいなくなった。逆に俺が聞きたいくらいだ。何で俺なんだって」
あの人はどう答えるんだろう。
「……ああいうのはね、反応を見て面白がっているだけなんだよ。
絶対に反撃するの分かっているから、あえてやっていたんだ。
その場から離脱していれば、状況はある程度変わっていたと思うんだけど……過ぎたことを話してもしょうがないね。
今度からああいう輩は相手にしちゃだめだよ。絶対に。からかっているだけなんだから」
つまり、俺を悪い奴に見せるためにやっていたのだろうか。確かにそう考えると、あの振る舞いも納得できる。
あっさりと反応する姿を影で笑われていたのだろうか。そう思うと、嫌になってくる。
「……迎え撃つだけじゃ、だめなんだな」
「逃げることを覚えたほうがいいね。君は。関わらないで無視するのが一番理想的なんだけど……まあ、無理もないか。
やっぱりむかつくもんはむかつくもんね」
この人でもいらつくことがあるのか。何だか意外だ。
「そういえば、医療班と死体処理班の隊長やってんだってな。幹部全員からアンタを連れ戻してこいって言われたよ」
大分前に熱を出して倒れたときに、駆けつけた医師が話してくれた。
医療班の隊長がいつまで経っても島から帰ってこない。第一収容所の管理人は帰って来たのにも関わらず、だ。
連絡を取ろうにもなかなか難しい。どうしたらいいものかと。
この時は関わることはないだろうと思っていたから、答えもしなかったが。
「あいつら、まともに話してくれなかったでしょ?
特に死体処理班の幹部は本当にひどいから。きついこと言われなかった? 大丈夫?」
そこまで言って、何かに気づいたらしい。
「そういえば、こっちと本土を往復していた頃にさ、仲間からちょろっと聞いていたんだよ。
青髪の剣士が熱出してぶっ倒れたって。いつもみたいに仲間にお願いしようとしたら、ふざけんなやって怒られちゃった。
『知らないとは言わせないぞ』とまで、言われちゃったものだから。
詳しいことはそれしか聞いていないけど……ようやく繋がった。君だったのか。うん。思い出した思い出した」
「まさか思い出せなかったことって……そのこと?」
「うん」
けろりとして答える。彼女も彼女で医療班の仲間から話を聴いていたらしい。
最初から俺のことを詳しく知っていたわけではないようだ。好奇心ではなかった。少しだけ安心した。
それから、隊長が帰ってこないという話を聞いてから大分経ったあと。シロが脱走した。
調査して帝国からすでに去っているらしいことが分かった。
第二収容所がある島に来ていることもその時に分かった。
医療班の隊長がそこの管理人をしているらしい。どんな人間なのか、知るためにはなに連れられた。
その場にいた医師たちはシロを保護しているだろうと、予想していた。
どうせ引きこもっているだろうから連れて出してくれとまで言われた。
「そういえば、何で悪趣味な管理人と一緒に帰ってこなかったんだ?」
「うーん……確かにあの人からもね、言われたんだよ。
一緒に向こうに戻らないかって。その話をしていた時は戻る気でいたんだけど」
どこか遠いところを見ていた。